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今日を楽しく♪

今日も楽しくこつこつと英語学習しています!

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「数字ではなく自分の感覚を信じる」

今年心がけることとして、2つ前の記事で、

「自分の価値を認め、もてなす」

ということを書きましたが、
もう1つ心がけていることがあります。
それは、

「数字ではなく自分の感覚を信じる」

ということです。
そう考えるきっかけとなったのは去年読んだこの本です。



主人公の女性は100キロ以上あるのですが、
半年後に妹の結婚式があり、
それまでに痩せよう!と決意し、

ダイエットの会みたいのに参加し、
毎週先生の指導&体重計測をしていきます。

最初の数週間は、
その体重の変化に一喜一憂していたのですが、

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| こころ | 2020-01-15 | comments:10 | TOP↑

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フランス語始めました!

皆さんは英語以外の外国語の学習経験はありますか?

私は、

フランス語:大学時代に第二外国語として2年
スペイン語:ペルー人留学生から週2で1年半学ぶ
韓国語:市主催の講座に半年通う

その他、中国語、ドイツ語などは
毎年春にNHKの語学番組で始めながらも挫折。。。

studyplusやtwitterを見ていると、
皆さん、英語以外にもいろんな言語を学んでいて
しかも仏検、西検、ハングル検定などで級も取っている。

そんな姿をまぶしくみていたのですが、
来月末にフランス旅行を計画していることもあり、
大学以来、実に約40年ぶりでフランス語をやってみようと思いました!

とはいえ、
体系的に積み上げて学習するのではなく、
単に旅先であいさつ程度の会話ができればいいなあということで、

今日はこの本を購入。



アテネフランセの本で、
CDもついていて、基本に忠実なスタイルながら
きちんと場面別会話もあり、学びやすい構成です。

早速、学習してみると、
昔とった杵柄というか、
多少は頭の片隅に残っていた知識もあり、

何より、英語以外の外国語を学習することが
とっても新鮮で
わくわく感いっぱいに学習しています。

1か月ちょっとという時間では
大した上達も見込めませんが、

それでも、
買い物やレストランなど
必要な場面で

ほんの片言でも英語ではなく
その国の文化や言語に敬意を表して
フランス語でやりとりができればいいなあと思っています。

旅を通し、
旅の準備期間を通し、
こうした広がりがあると、
人生も豊かになるような気がします。

| 近況・日常生活 | 2020-01-13 | comments:2 | TOP↑

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自分の価値を認め、もてなす

あけましておめでとうございます。
今年の私の一番心がけようと思っていることは、

やりたいこと
行きたいとこ
食べたいもの
欲しいもの

これまでの貧乏性の殻をやぶって、
どんどん自分をもてなしていこうと思います。

還暦もすぎたんだから、自分ファーストで!

ということで、さっそく、おひとり様で参加のフランス旅行の予約を入れました!!

念願のフランス!!

パリ
ベルサイユ
ロワール古城めぐり
モンサンミッシェル
オンフルール(ノルマンディー地方の漁港の町)

をめぐるツアーにおひとり様で参加します。

これまで、自分にお金をかけることにどこか罪悪感があり、
洋服もいつも安物で、

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| 近況・日常生活 | 2020-01-05 | comments:2 | TOP↑

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2019洋書ベスト3

今年は全部で11冊(現在12冊目の本が21%ぐらい)読了しました。

ほぼ1か月に1冊ペースで、1年で約100万語、総語数は約870万語になりました。

今年は以前から読みたいと思っていた、というか洋書を始めた時からの目標だった、スティーブン・キングやジェフリー・ディーバーも読むことができたし、以前挫折したKite Runnerも感動とともに読了でき、充実した洋書ライフが送れたと思います。

一方で、ここ数年の多読生活で、
「読める本→読みたい本」へと移行し、
なんだかもうどんな本でも読める気になっていましたが、、、いい気になっていましたが、、それは錯覚でまだまだ自分には力が足りてないことも、ディーバー先生のThe bone collectorや今、読んでる医療小説、"The Queen of Herats"でも思い知らされました。

今後、より洋書を楽しむための、語彙力や読解力(英文解釈力)をどうつけるかが来年以降の課題です。

では、今年の私の中でのベスト3を発表します。

☆第一位
まったく迷うことはなく、この本が今年のベスト1でした。



The Kite Runnerを書いた著者の2作目の本ですが、今でも心に残っている1冊です。二人のアフガン女性の人生が描かれています。詳しいレビューは、「この記事」をお読みください。

☆第2位
アメリカ人の平凡な毎日を描いたこの本です。



ただただ、あるアメリカの田舎町のご近所さんたちとの暮らしが淡々と描かれているのですが、その平凡な日常の中にはそれぞれの人生や暮らしの息遣いが感じられ、私には印象に残る一冊でした。

ただ、若い世代や男性にはきっとつまらないと思います。子育てを終えた私世代の女性なら、夫との関係、自分が必要とされることの大切さなど、共感できる内容だと思います。

☆第3位
迷いに迷ったのですが、ディーバー先生のこの本です。



この記事」に詳しく感想を書いていますが、とにかくこの本には泣かされました。。。

自分の英語力の未熟さをつきつけられました。
一緒に読んでるリーディングバディーのありーちゃんの存在なくしては、読了することはできなかったと思います。

ただ、内容はとても面白いです。語彙も難しいし、なんといっても主人公のライムの頭脳がすごすぎて、その推理についていけない(もはや英語力の問題ではない)という意味で、本当に大変でしたが、それでも、くらいついて読むことで、わずかな手がかりから謎が解明される面白さ、これまでの事件との関連性など、楽しむことができました。

この本は、リンカーンライムシリーズとして何冊もあるので(すでに2,3巻は購入済み)、いつか力をつけて必ず戻ってきて、「あれ?今回はストレスなく読めるんだけど」という境地に達したいです。

そう、6年前に10%台で挫折したThe Kite Runnerが今年はノンストレスで読めたように!

英検の合否や級、TOEICのスコアで測る英語力も物差しになりますが、こういう過去の自分との比較で感じられる自分の中での英語力の物差しも大切だなあと思います。

来年は、どんな本との出会いがあるのか?
大聖堂の続編も読みたいし、ドラゴン女の新刊も読みたい。また、そろそろカズオ・イシグロにも挑戦したい。それ以外にもkindleの中には積ん読がいっぱい(笑)

今年も全冊、ありーちゃんとご一緒させてもらいました。しかも、そのほとんどが、同日読了です。読了後には、わからなかったところを確認したり、感想を交換したり、次に読む本を検討したり、リーディングバディがいることで、多読の楽しさが何倍にも増し、本当に彼女には感謝でいっぱいです。

| 多読 | 2019-12-24 | comments:6 | TOP↑

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母の退院後の暮らしをサポートするあれこれ

母の転倒事故から約1か月、退院からは約2週間が経過しました。

まだ、肋骨(結局5,6本折れてた、、、)はくっついてはいないものの、順調に回復し、父と二人での自宅生活が可能になりました。今日は自宅生活を可能にするためにとった対応策を紹介します。

まずは、ケアーマネージャーさんと相談し、週1でお掃除のヘルパーさんに来ていただくことにしました。

うちの場合、両親とも、要支援1相当の「事業対象者」の認定を受けていて、それぞれが週に2回のヘルパーとデイセンターへの通所サービスを受けることができます。

二人とも認定を受けた去年はできるだけ自分たちだけの力で生活をしたいと言っていたのですが、さすがに今回は少なくとも、トイレ、お風呂、洗面所の掃除は母には無理だと判断したようで、週1回、お願いすることになりました。

流れとしては、

1.ケアマネージャーに相談
2.ケアマネ→福祉事業団→ヘルパー派遣
3.担当者4人が実家に来て、両親と面談
4.ケアマネージャーがケアプラン作成(契約)
5.福祉事業団もプラン作成(契約)
6.サービス開始

で、とても順調にサービスが受けられるようになりました。
ちなみに、すべて私が立ち会いました。

また、夕飯の宅配サービスもケアマネージャーさんを通し、宅配業者に依頼をして頂き、まずは3回のお試しを経て、今週から週に2回、二人分でお願いしました。

買い物は、父がネットができるので、近くのスーパーの宅配サービスをネット注文でする方法をとろうとしましたが、1度やってみたものの、高齢者にとってはやはり自分の目で見て買いたいのと、宅配時間が12時から17時の間と幅が広く、その間出かけられない(不在の場合は持ち帰り)ということで、今のところ父が買い物に行っています。

家の中の受け入れ態勢は弟主導で行い、

お風呂には、背もたれ付きの折り畳み椅子を購入



転倒防止のために段差解消テープを購入し取り付け
(実際に購入したものは他メーカーですが、イメージはこれに近いのでリンクしておきます)



さらには、母の寝室の照明をLEDに変え、手元のリモコンで操作できるように。また、階段、廊下などの照明も弟の目からみて古い、暗いものはすべてLEDに。

食卓の椅子は自分で引くのが難しいので、ニトリの回転椅子を購入。(これもイメージに近いものをAmazonリンクで貼っておきます)



以上の福祉サービスと家の中を高齢者用に改善したことで、再び両親だけで暮せるようになりました。

転倒→救急車搬送→肋骨骨折→肺に穴が、、、、となったときには、もうどうなることかと思いましたが、こうして1か月足らずで再び、父と二人で自宅で生活できるようになって本当によかったです。

次はGWまで帰らないと言っていた息子一家が、急遽年末に帰ってくることになり、にぎやかな年の瀬になりそうです。

| 両親 | 2019-12-21 | comments:0 | TOP↑

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人間の回復力ってすごい!(約2週間で退院!)

入院した翌日のレントゲンではすでに肺が元の大きさに戻りつつあり、早ければ翌日にでも肺の管(カテーテル)が抜けると言われ、一同安心。

ところが、その翌日になって、私の携帯に主治医から電話が。。。

「一度膨らみだしていた肺が、今日になってまた縮んできたので、今から緊急処置を行いますがいいですか?」とのこと。。

本人にも説明したが、家族にもということでの電話。処置をお願いし、15時には主治医から経緯の説明があるということで、父、弟、娘、私の4人で病院に出向く。

肺に空気を送り込んでいた管に血の塊がついてブロックしていたため、その管を抜き、新しい太い管をいれたとのことだった。迅速な処置に感謝!

肺への管は、長くても1週間まででそれ以上になると管から感染症のリスクがあるということで、改善が見られたら、一度管をクリップでとめて管を抜いてもいいことを確かめた上で抜くことになると。

処置は痛みもともったため、母へベッドでぐったりしていた。しかし、無事に終わったことでほっとしたのか、少しずつ会話もできるようになり、ベッドサイドにいた父に、私と弟を見ながら、

「じいちゃん、この子たちを産んで本当によかったね~」と言い、

父が、うんうんとばかりにうなずいていた。

その処置が功を奏し、無事その数日後には管も抜け、肺の機能も戻ったようで、母も肋骨の折れてる痛みはあるものの、順調に回復していきました。

途中、もともとの転倒の原因になっためまいの原因をさぐるべく頭部CTも取りましたが、結果を聞いた母から弾んだ声で電話が、

「海馬もきれいで、まったく問題ないんだって~とても83歳の脳とは思えないほどきれいなんだって~。いったい、どういうお仕事をされてたんですか~とまで聞かれたわ」と。

それまでは、あまりの痛みと、私たちに迷惑をかけるのがつらいからと、安楽死したほうが楽だとか、このまま施設に入れてほしいとまで言っていた母が、脳の結果を聞いてからは、

「皆さんがここまでよくしてくれるんだから、私もがんばらないと!」と、みるみる元気に。

言葉の持つ力ってすごい。

どうも、本人は勝手に脳腫瘍だと思い込んでいたらしい。。

大学病院ということで、入院中には、持病の糖尿病の先生にも診て頂き、家族にもきちんと説明してくださり、なくなりかけていた目薬は眼科で処方して頂いたり、リハビリの先生が熱心に進めてくださったり、本当にありがたかった。

最初は4人部屋だったが、個室が空いたタイミングで移ったため、大きな窓からは外の景色も見え、家族がお見舞いに行っても、周りを気にせずに話し、ゆっくり滞在できるようになったことも、母は精神的にずいぶんと楽になったと思う。

東京にいる息子からは、「おれは何もできなくてごめんね」と言いながらも、子供たち(母にとってはひ孫)の動画、

「おおばぁば、がんばれ~~~」を送ってくれていたので、それを大画面にして何度も母に見せた。母も、「ありがとね。おおばあちゃん、がんばるよ~」と嬉しそうで、こうして、みんなが母の回復を応援しているということが感じられたこともよかったと思う。

順調に回復するにともなって、「退院」の話がでるようになってきた。

そうなると、退院後の生活、実家での受け入れ態勢、準備を進めないといけない。何しろ、まだ肋骨は4,5本折れたままなのだから。

弟が中心になって、家の中の改修関係を。

・段差の解消
・お風呂の椅子の購入
・買い物(父にネット注文を教える)
・照明をLEDに交換し、リモコンで手元操作
・洗濯物を室内干しにするための工夫
・食卓の椅子を安全な回転椅子に

私は地域包括センターに行ったり、電話で今後の生活サポートについてケアマネージャーさんと相談

・両親が受けられるサービス内容
・父にあう運動中心のデイサービスの紹介
・食事の宅配サービスについて
・ヘルパーさんのサービス内容について
・介護度見直しの申請をすべきかどうか
・(将来的に)高齢者施設について
(その後)
・トイレとお風呂の掃除をヘルパーさんに依頼

これらについては、また次の記事でまとめます。

母は緊急入院から13日後、無事に退院することができました。

入院した日から1週間は弟が会社を休み(PCと会社携帯があればどこでも仕事は可能と言って)実家に父といてくれて、途中からは弟のお嫁さんが車で来てくれて、彼女の明かる人柄でみんなにが元気になったことも大きかった。

一時は父が憔悴しきっていたため、先週の土曜は娘一家も含め全員が実家に集結し、父を元気づけるために食事会をしたことで、父もかなり元気になりました。

母の退院にともない、一番気になっていたベッドも、病院が電動ベッドを手配してくれて、とってもリーズナブルな価格で貸して頂けることになり一同、ほっとしました。

これまで無知でしたが、今の世の中は、いろいろなサービスが受けられる仕組みができているようです。私たちは介護保険を毎月払っているわけですが、こういう風にいろいろ利用させて頂けるのなら、高齢社会にとっては必要なことなんだと改めて思いました。

次は母を受け入れるための実家改造について書きます。

| 両親 | 2019-12-07 | comments:2 | TOP↑

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肋骨が折れて肺に刺さり、肺に穴が、、、

救急車で大学病院につき、母はすぐにER(?)に。
私はもろもろの事務的手続きを。

その前に、担当の方から、「今日は朝からインフルエンザで救急外来に来られる患者さんが多いので、マスクされたほうがいいですよ」と言われ、マスクの自動販売機を教えてもらい、購入。

ドクターからは、エコーとレントゲンは取って、肋骨が何本かおれてるのはわかったが、詳しいことは、造影剤を入れて、CTを取ってみないとわからないと。

ただ、飲んでる薬によっては、造影剤を使えない場合もあるので、まずはお薬手帳が見つかってもってきてもらうまで、検査はせずに待機すると。

母は緊急処置のおかげで、多少会話ができるようになったので、お薬手帳の場所を聞き、実家にいる父と夫に電話で、お薬手帳探しを命じ、ようやく発見!

それをもって病院に来るには20分ぐらいかかる。
ドクターは、それぐらいの時間でしたら待ちますと。

そこで、私はひらめいた!!
夫に、お薬手帳の最新ページから遡って5ページぐらい分の写真を撮って、LINEで送ってと。

そのころには娘も実家に到着していたので、娘がささってやってくれて、私の携帯に送信。

私は、ERのドアをノックし、出てきたドクターに、そのお薬手帳の画像を見せた。ドクターは、私のこの機転に、「そっか、こういう手があったか!!!」と言わんばかりの感心した面持ちでLINE画像を見て、これなら造影剤は使えると。(血液検査での腎臓の数値にも問題がなかったのもあり)

母の検査が終わるころには、父と夫も病院に到着。
娘には実家で待機してもらい、入院の準備を整えてもらうことにした。(小さい子供もいるので、下手に病院にきて、インフルなどに感染してもいけないと思ったため)

一方、京都にいる弟は、こちらに駆け付けるべく、駅に向かうと。さらには、家族8名のグループラインを作り、情報を共有することもしてくれた。

検査の結果、肋骨が4,5本折れて、そのうちの1本が肺に刺さり、肺に穴があいてしまっていると。そのため、肺の空気が抜けて、肺がしぼんでしまっていて、中には血がたまっていると。

休日の夜とういことで、どうなるのかと思ったら、すぐにこれから緊急のカテーテル処置を行います!と。オンコールでスペシャリストの先生たちがすでに集結していた。

ここからは、ER担当ドクターから、呼吸器のドクターにバトンタッチされ、スペシャリスト3人でチームを組んで治療にあたると丁寧な説明を受けた。

私の携帯バッテリーも、夫がもってきてくれたポータブルバッテリーで充電ができ、まずはほっとした。

緊急カテーテル処置がうまくいかなかった場合は、急遽開胸手術が行われる可能性もあるとの説明も受けていたので、すでに電車に乗ってる弟にもLINEで随時連絡。

私は説明をうけるたびに大量の同意書にサインをし、医者の説明を父にかみくだいて説明。

無事、カテーテル処置は終わり、しばらく様子を見た後は病棟に移動することになった。もう時間は20時を回っていて、15時に母が転倒してから、飲まず食わずでいた父のために、飲み物などを買ってくる。ここで初めて父の憔悴しきった表情に気づく。。

病棟に移り、ひととおりの説明を受け、弟も21時頃、病院に到着。ここで、こんどは輸血に関する説明を受ける。万一、緊急オペになり、輸血が必要になったときに、そこから家族の同意を受けていると間に合わなくなるおそれがあるので、事前にとのこと。

1つ1つが本当に迅速で丁寧で、その対応に頭が下がる思い。

他の病院では80歳をすぎた高齢者である母に対し、失礼な対応をされたこともあるだけに、この病院の、1人1人の患者を尊重し、敬意をもって接してくれる姿勢にありがたくて涙がでそうになった。

看護師さんたちも、私たちに「突然のことで驚かれたでしょう。大変でしたね」と気遣ってくれ、本当にすばらしいスタッフに見ていただき、ありがたいという思いを家族みんなで感じていた。

母は痛みで苦しんでいたが、それでも呼吸も少しは楽になり、落ち着きを見せたので、病院をあとにすることにした。以上が初日の様子。

当初は、肺のほかに、肝臓や腎臓も折れた肋骨で損傷のおそれありと言われていたけど、他の臓器は大丈夫ということで、その点では安心した。

ただ、夜中に急変や緊急オペの可能性もあるので、第一連絡者の私は携帯を枕元に置いて連絡がとれるようにともいわれていたので、その日は眠りについたもののどこか緊張感はずっと残っていた。

| 両親 | 2019-12-06 | comments:0 | TOP↑

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母が転倒し救急車を呼ぶ

夫と紅葉を見に郊外までドライブ、

写真 2019-11-23 12 17 39

ランチも食べ、遊歩道も歩き、秋の休日を満喫して帰路についていた時、父から電話。

母が庭のテラスで洗濯物を取り込もうとした際に、急にめまいがして転倒、、そのときにコンクリート壁に激突し胸を打ち、動けなくなったと。なんとか家の中に入れたが激痛が、、、

どうしようと。

ともかく母の様子を見ないと判断できないので、まずは夫と実家へかけつけました。実家への道すがら、ホテル勤務の娘に電話。お客さん対応で救急病院などの情報を教えてもらおうと思ってのことです。

ちょうどダンナさんの実家にいた娘に状況を話すと、お姑さんが、「すぐに救急車を呼んだほうがいい」と。

救急車?
思いもしませんでした。
正直、何を大げさな、、とも思いました(('◇')ゞ

ともかく母の様子を見てからと思い実家に入ってみると、リビングで母が横たわり、激痛で顔面真っ青。。

これは、やはり救急車だ!
だいいち、普通の車に乗せることもできない。。。

母、父、夫にも、「救急車を呼ぶけど、いいね?」と確認し、人生初の119番へ電話。

「はい。消防ですか?救急ですか?」
「救急です」

そこから、状況、名前、年齢、住所を言うと、

「サイレンが聞こえたら前に出て誘導してください」と指示されました。電話を切ってから、家族から「(ご近所の手前?)サイレンは鳴らさないように頼めばよかった・・」と言われましたが、そんなこと、言ってられません。

ほんの数分で救急車、到着。
早い!

救急隊の判断では、肋骨が数本折れ、内臓に損傷があるのでは?と。大きい病院に搬送する必要があると。

最初に言われた病院は地元では有名な公立病院ですが、自宅からはかなり離れています。しかし、そんなこと言ってられません。

ただ、念のため、私が、「大学病院は?」と聞くと、「大学病院に搬送するのは、生きるか死ぬかのの場合のみです」と。ということは、少なくとも母は命の危険はないのか?

保険証とお薬手帳(←これが非常に大事!!)を準備するように言われていましたが、父も私たちも所在がわかりません。母に聞くも、意識がもうろうとしています。

とにかく、その辺にあった母の持病の薬の現物をもって、私が救急車に同乗。夫と父は保険証、お薬手帳、当座の入院準備をしてあとで病院にくることになりました。(さらには娘も実家にかけつけてくれて入院の準備を整えてくれました)

救急車の中では、受け入れ病院への依頼がまず行われました。

まず、最初に名前の挙がった公立病院に依頼をかけましたが、母の症状から必要だと思われる科の担当医が不在で受け入れられないとのこと。

そうなると、対応可能だと思われるのはA大学病院とB大学病院しかないとのことでした。

A大付属病院は私が勤務する大学でもあり、B大学病院付属病院は自宅から1時間以上はかかるため、祈るような気持ちで救急隊の電話での会話を聞いていました。

「了解です。では、向かいます」と言って電話が切られました。
A大学病院が受け入れてくれたのです!!

これが本当に幸運だったと後になって感じることが多々ありました。

受け入れ先が決まって救急車が出発。夫、父、そして京都に住む弟に連絡。ここで、私は自分の携帯バッテリーがすでに30%を切ってることに愕然としました。。。

ここまでのまとめとして、緊急時に大事なことを備忘録的にまとめます。

1.動けない状況の時に無理には動かさず救急車を即呼ぶ!
私たちは救急車というのはもっと特別な場合だと思い当初は躊躇しました。母が転倒してから救急車をコールするまでの時間が45分。しかし、救急隊のかたには、こういう場合はすぐに呼べばいいと言われました。とても優しい方で、「痛いのにがまんしてたの?つらかったね。すぐ呼んでくれてよかったんだよ」と母に話しかけていました。

また、今回のような場合は、下手に動かすと、別の骨が折れたりの可能性もあるようです。娘のお義母さんは家族がベッドから転落した際に自分たちで病院に搬送する際に新たな骨折が起こった経験があり、それがあって救急車を呼ぶことを助言してくれていたのです。

2.保険証とお薬手帳の所在をあきらかにしておく
保険証はその日なくても、〇日までに持ってきてくださいでまずはすむのですが、お薬手帳がないと、現在服用してる薬がわからず、たとえば造影剤を使ってCTをとりたくても、造影剤が使えるかどうかの判断ができず、迅速な検査ができません。

3.母の健康状況の把握
アレルギーがあるかどうかなど、いろいろ質問されましたが、即答できない質問もあり、普段から両親の状況を把握している必要性を痛感しました。

4.携帯充電は余裕をもって
今回のように多方面に連絡必要する際、携帯は命綱になります。私はバッテリーが30%を切っていたのに気づき、夫にポータブルの充電器をもってきてもらい事なきを得ましたが、途中でバッテリーが切れたらどうしよう、、、という不安でいっぱいでした。

病院到着後については続編に書きます。
救急車が到着したら、まるでグレイズアナトミーの世界でした。医者って本当にすごい!!と心から思いました。そして感謝でいっぱいです。

| 両親 | 2019-11-24 | comments:0 | TOP↑

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The bone collector読了(涙)←いろんな意味で

今年10冊目となるThe bone collector読了しました。



読了とは言っても、私には難しく、途中で何度も何度もなげだしそうになりました。一緒に読んでる、ブックバディーの、ありーゆやさんの存在なしでは読了することはできなかったと思います。

昨日、読了直後にスタプラに書いたTLです。↓

   *****
なんとかなんとか最後まで到達しました。ひとえにありーちゃんのおかげです。一人だったら最初の数章読んだところで絶対に挫折していました。これまで多読に親しんできて、「読める本」→「読みたい本」に移行し、キング本もクリアし、もはや自由自在に多読の世界を楽しめると思っていましたが、この本で、そんな私のおごった考えが、ちょっとだけ高くなっていた鼻がへし折られました。本当にわからなかった。難しかった。

何度もなんでも折れそうになりました。でも、ありーちゃんに解説してもらいながら、なんとかなんとかついていって、ついに400ページ越えのこの本を、最後には楽しめるまでになっていました!!

ただ、読了しても、まだすっきりしない箇所があります。大きく3つの疑問があります。いかに私が読めていないかということです。このシリーズはまだ数冊あるようですが、これからも多読を続け、力をつけてシリーズに戻ってきたときには、「あれ?普通に読めるんだけど」と思えるようになって帰ってきたいと思いました。


   *****


この本読みながら、何度も何度も、

悔しい、、、
読めない、、、
わからない、、、
情けない、、、

という思いを経験しました。
多読歴も少しずつ長くなり、語数も850万語を超え、いっぱしのタドキストになってるつもりでした。

大阪の主婦さんとかも、以前から読んでて、ディーバー先生とか言ってこのシリーズ堪能してたし、私もいつか読みたいな~と前々から思っていて、そろそろ時期かな?と読み始めましたが、いや~~~難しかった。

そして、改めてこういう本をシリーズで楽しめてる主婦さん達の英語力の高さにも脱帽しました。

私はまだまだ、ひよっこです。笑

でも、還暦を超えても、こういう「悔しい」という気持ちがあふれてくること、そういう世界があることは幸せなことだと思います。

今年は6年前に挫折した、The Kite Runnerに再トライして、あれ???読める!!!と過去の自分と現在の自分の成長を感じました。TOEICのスコアや英検の合否などとは違った、自分で自分の伸びを感じることができる1つの物差しだと思いました。

これからも多読を楽しみつつ、数年後にこのシリーズに戻ったときに、また、自分の成長が感じられればいいなあと思います。

で、次は軽めのものを読みます。笑



そして、その次はまた重め、感動系のものに行きます。

多読ライフ、楽しいです♪

☆追記☆
ブログ記事がおいついていませんが、今年8冊目に読んだ写真花嫁(写真だけを見て妻になるためアメリカに渡った日本人妻たちの話)のこの本もとってもよかったし、↓



9冊目のClock Danceはアメリカ人の何気ない日常を描きながらも、そこにいろんな思いが凝縮されていてとっても楽しめる一冊でした。特に私年代の女性におすすめです。


| 多読 | 2019-11-06 | comments:2 | TOP↑

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何歳まで働くか?(還暦に思う)

還暦を迎えるにあたって、考えてることがありました。

それは、いつまで働くか?ということ。
私は2つの大学で講師をしていますが、それぞれ定年は、

A大(国立大) 70歳
B大(私立大) 65歳

なので、まだ少なくとも5年は働くことができます。
しかし、それだけに、「区切り」「引き際」は自分で決めないとと思ってきました。

私が20代、30代のころに、60歳というと、もう完全におばあさんのイメージだった。若手同僚たちはいつも仲間として接してくれているが、実際のところはどう思っているんだろう?

学生たち(留学生)にとっても、やっぱり若い先生のほうがいいよね。。

A大に採用されて、今年で丸20年になる。
年齢的にも60歳。
ちょうどいい区切りになるのではないだろうか?

A大に採用された1999年当時は、チームティーチング(月曜から金曜まで5人の先生で1つのクラスを担当している)を組む教師間の引継ぎは、電話連絡だった。

月曜の先生が授業を終えると、火曜の先生に電話で内容を報告し、引き継ぐのだ。

それが、いつのころかメールでの連絡になり、やがて、大学内のシステム入力に変わった。

登録、アンケート、成績入力、シラバス入力、ファイルの共有などなど、ITの進化とともに、教務面でもIT化が進み、覚えなければいけないことがどんどん増え、今でも学期ごとに、変化し続けてきている。

ここまでは、なんとかついてこれた。
が、そろそろ限界に近いんじゃないだろうか?

夏休みは、快適で授業準備やテスト(クイズ)などの採点や膨大なメール等でのやりとりに追われることなく、のんびりと自分の時間を楽しむことができた。

それだけに、そろそろいいんじゃないかな?
今年度いっぱい勤め上げて、来年からは自由を謳歌しようかなど考えてもいた。

そんなとき、30代前半の仲良し同僚からランチに誘われた。
おいしい食事をしながら、私が考えてることを言うと、

「何をバカなことを言ってるんですかっ!!」と一括された。笑

そして、お誕生日だからと場所を移動したおしゃれカフェでケーキとコーヒーをごちそうしてくれた。さらに、なんと還暦カラーの赤のプレゼントまで用意してくれていて、ケーキがきたタイミングで渡してくれた。

箱をあけてみると、

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真っ赤なパーカーのペン!!
何がいいかとずっと考えてくれていたそう。
彼女の心遣いが嬉しかった。

そして迎えたお誕生日当日。
家族が夜景の見える和食の私の一番好きなお店でお祝いの会を開いてくれた。

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花束のプレゼントの後、
夫からはSEIKOの、そしてなんと娘からも腕時計をプレゼントされた!

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娘はまさか父親が私に腕時計を買ってるとは知らず、腕時計がかぶったことに内心ショックを受けていたらしいが、娘の選んでくれたものは、赤いベルトで文字盤が大きくて見やすく、夫からのものとはまたタイプが違うので私はとても嬉しかった。

息子からは、「かぶるなんて、コミュニケーション不足だろう~笑」と言われていたが、

私は夫も娘も、「これからの人生、いい時を刻んでほしい」という願いがこめられてるいうような気がしてとても、ありがたかった。

娘からは、私の似顔絵プレートもプレゼントされた。娘が手書きした絵とメッセージを、娘のダンナさんがパソコンに取り込み加工、編集、印刷してくれた世界でたったひとつのプレゼント。これには、泣きそうになった。

そのプレート内の娘からのメッセージは、

ゆめを追いかけて
いっしょうけんめい
努力する母さんを
尊敬しています

これからも
母さんらしく
いろんなことに
挑戦してね!

いつもありがとう!


と記されていた(涙)

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息子夫婦からは、Dantonのバッグ。
9月に私が上京したときに、一緒に買い物に行き選んでくれたものだ。

旅行にも使え、Dantonのロゴが赤で、還暦カラーだからと。

仕事をもう辞めようか。
引き際か。

そう考えていた私にとって、この還暦イベントでは、家族や同僚、友人たちの存在に改めて感謝し、今後の自分について考えるいい機会になったような気がする。

こうして無事60代になり、
まずはB大学、そしてA大学でも新学期が始まった!

新学期というのは、留学生たちとの新しい出会いの日。
それぞれの初日の日、私はいつものプチ高揚感を感じ、朝からわくわくしていた。

このわくわく感がある限り、仕事は続けようと思った。

そう思いながら、大学に向かい、教室に向かうと、そこには、

フィンランド、アメリカ、インドネシア、中国、スリランカ、ロシア、イタリア、タイ、ベトナム、スロバキアなどいろんな国からの留学生たちが座っていて、みんなが一斉に私を見た。

胸がいっぱいになった。

まだ、私はやれる!
やりたい!

うん、あとは5年は続けよう!笑

| 日本語講師 | 2019-10-02 | comments:4 | TOP↑

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