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今日を楽しく♪

今日も楽しくこつこつと英語学習しています!

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愛おしくなってきた

母との葛藤を何年も抱えてきました。
何度も何度も氷解しかけ、雪がとけるような感じをくりかえしつつも
またどこかで根雪のように固まってしまってもいました。

しかし、今度こそ今度こそ、なんだか本当に気持ちの中で
最後の根雪もとけてそれが浄化されてきたような気がします。

昨夜、久しぶりに両親を我家に呼んで一緒に晩御飯を食べました。


前の日の夜に電話でその旨言ったとき、母は声を弾ませていました。
「ありがとう」「ありがとう」を何度も何度も繰り返して。。

夕方5時半に実家に迎えにいきました。
あ、ちなみに夫が買出し、料理すべて担当してくれました。
最近の夫は料理は完全に彼の趣味となりおもてなし料理も
できるようになりました!

実家に着くとすでに玄関の戸はあいていて
両親ともいつでも出られるように準備万端で待っていました。

昔、新聞社勤めだった父は仕事一徹の人で家庭を返り見る余裕などない
暮らしをしていました。父と2人になったときはどこか緊張していました。
私が生意気なことを言うと、ビンタされたこともあります。

不在がちな父、仕事仕事の父、そしてかなりおしゃれで男前の父なので
母は父の女性関係でいろいろ苦労もしたようです。

今にして思えば、母は夫である父との絆が築きにくく、そんな中
自然に私や弟をしっかり自分流に育てることで自分を保っていたのでしょう。

弟に多少遠慮はあっても同性である私には特に自身の思いが強く、
私を自分流に育てることでもしかしたら母自身の自己実現をという
思いもあったのかもしれません。

私のすべてを把握し、私を管理コントロールすることで
母としての自分に満足感を持っていたのではないかと思います。

今にして思えばもっとその頃に私は反抗すればよかった・・・
大人になって30代になってから、自分がアダルトチルドレンだったと思い始め、
自分の性格の中でいやな部分はすべて母の私への育て方のせいだと・・
ずっと気持ちの中で母を責めてきました。

香山リカさんの本によると、私のような状況を「中年反抗期」と呼ぶのだそうです。
親のほうもたまったものじゃありませんよね!
母は母なりに一生懸命育ててきたのにいい年した娘に突然
私はアダルトチルドレンだ。あなたの育て方で私はこうなったと言われても。

それでも私は苦しみました。

何事もきちんとやらないと気がすまないという苦しさ。
自分で何一つ決められないという優柔不断さ。
常に他人の目を意識し自分で自分を評価できない辛さ。
いつも自分の足りないところにばかり目が行き、
どこまでやっても満足できず自分が好きになれないという思い。

すべて母のせいだと思っていました。
母が私のすべてを管理し、常に母の目、母からの評価を気にし、
それでがんばってもがんばっても私を褒めたり認めたりしようとしなかった母。

でも、その母がいたから今の私があるのです。
母のおかげで努力できる人間になれました。
今の仕事も家庭も、今の幸せも母のおかげで手にすることができました。

昨日の食事会のとき、父が言いました。

オレは昔、本当におまえに辛くあたってすまなかったな。
今でもお前に手をあげたこと、本当に悪かったと思ってる。
すまなかったな。本当に悪かったなあ。

父は76歳、母は73歳です。
父は父なりに母は母なりに一生懸命に生きてきたのだと思います。
そして一生懸命に私と弟を育ててくれました。

あと、何回、こうして一緒に食事ができるのだろう?
そう思うと、涙がこぼれそうになりました。

母が、

「ちょっと遅くなったけど」

と、私に誕生日のお祝いと銀婚式のお祝いをささやかだけどと言って
きれいな熨斗袋を差し出しました。

2万も入っていました。
年金ぐらしなのに・・・

私の方が何かしなくちゃいけない年なのに・・
でも甘えてありがたく頂くことにしました。

そして、母が

「あの紙袋あけてみて」と言いました。

紙袋の中には箱があってその箱の中は

なんと!!!
私の大好きな店のケーキでした。
ロウソクも5本つけて(笑)

「まさかね~ロウソク50本入れてとは言えなくてねぇ」と母。

皆で、

「1本が10歳だね~」といい、

なんと、なんと、この年になって

両親と夫の3人にハッピバースデーの歌♪を歌ってお祝いしてもらいました。

初めてかもしれません。
両親にハッピバースデーの歌を歌ってもらうなんて!

50歳の娘に対して大きな声で一生懸命歌を歌ってくれてる両親の姿・・
私また涙が出そうでした。

歌が終わり私、一息でロウソクの火を消しました。
皆が拍手をしてくれました。

もう親のことをグダグダいうのはやめます。
自分がアダルトチルドレンだとかなんだとか言うのもやめます。
そして、そして、

両親を大切にします!

両親が帰った後、夫は酔いつぶれてリビングのソファで寝ていました。
私は1人部屋でしみじみしていました。

両親のことが好きだと思いました。
愛おしいと思いました。

そうすると・・・

父が・・・母が・・・
そう遠くない将来、死んでしまうのが怖くなりました。

人は誰でも死ぬなんて当たり前のことです。
むしろ2人とも70過ぎても元気でいてくれることの方がありがたいくらいです。

父や母が嫌いのままでいてくれたほうがもしかして楽なのかもしれません。
愛おしくて大切だと思ったら急に急に切なくて、悲しくて

いい年して変ですよね?

でも、なんだか昨夜は幸せな気分と愛おしい気持ちと
そしてどこか哀しい切ない気持ちが交錯して
なかなか寝つけませんでした。

両親と娘と私の4人で2月にオーストラリアへ行こう!という話が
急浮上しています。この4人での海外旅はハワイ、香港に続いて3度目です。

言いだしっぺは私の娘です。

「もう最後かもしれないよ。
今までは私、ただついていくだけだったけど今は戦力になれると思うんだ!
英語も話せるようになってきてるし、
母さん1人で2人を連れていくのは大変でも私が戦力になれば大丈夫でしょ?
去年オーストラリア行ったときのドルもいっぱい残ってるしさ、
それで皆でおいしいもの食べようよ!」

孫娘のこと、目に入れても痛くないくらいかわいがっている父、
(母によると私をかわいがらなかった罪滅ぼしだとか)
この話に即賛成!スポンサーも申し出てくれました!

なんか、私、気負っています。
今度こそ最後かもしれない。
だからこそいい旅にしなくては。
いい企画にしなくては。

でも、気負わなくてもいいのですよね。
きっと両親は4人で出かけることそれ自体が嬉しいのでしょうから。

それでも私は、
今までの罪滅ぼしもかねて、やっぱりいい旅にしたい
喜んでもらいたい。それにはどんな旅程がいいのだろう?
はたして2月まで両親とも元気でインフルエンザにもかからず
ちゃんと行けるのだろうか?

そんなことを考えるとますます眠れなくなりました。
親子関係って難しいですね。
うまくいっててもうまくいってなくても辛かったり哀しかったり切なかったり

でも、それでも家族なんですよね。
旅行に行けるとか行けないとかいい旅だとかどうだとかは別にして
これから本当に両親をだいじにしよう。

これまで距離をとって自分からの接触をさけてきたけど、
これからはもっとマメに電話したり顔をみせたり
そんな小さいことから始めよう
そう思います。

何よりも今の気持ち、忘れないようにしようと思います。


長い長い日記を読んで頂き、ありがとうございました。

関連記事

| 母と娘の葛藤 | 2009-10-11 | comments:6 | TOP↑

COMMENT

力強さと清々しさと

ぴあのさん、今晩は。2度目のハーフマラソンを明朝に控え、就寝前にぴあのさん(とご主人)からパワーをもらおうと思い、ブログを拝見させていただきました。

このエントリーを読ませていただいて、何と表現していいのか分かりかねますが、期待していた力強さだけでなく、清々しい気持ちにもなりました。また、私も両親との時間を大切にしたいなぁと改めて思いました。

期待以上のモノを得て床に就くことができます。ありがとうございました。

| 渥美クライマックス | 2009/10/11 10:02 | URL | ≫ EDIT

渥美クライマックスさん

ありがとうございます。本来なら自分の胸にそっとしまっておけばいいような思いなのですが、ここに書くことで自分への記録と記憶にとどめておきたいと思いました。ただこういう話をひとさまに読んでいただくにはちょっと恥ずかしいというか勇気もちょっといることなのでUPした後にこうしてコメントを頂けるのは非常に嬉しいです。

渥美さんのご家族とのお話し、私の胸に深く残っています。私はお母様、お父様の立場で読ませて頂きましたが、渥美さんのご両親への思い、妹さんへの思いにも深く感銘を受けました。さらにおばあ様(お母さんのお母さん)の言葉、鮮烈な思いで読ませても頂きました。どの家族にもその家族の物語ってあるのだと思いますが、渥美さんのご家族の物語から本当に静かで強く暖かいものを感じました。私が今日のエントリーに書けたのもあれを読ませて頂いたことで力を得たのかもしれません。

明日は2度目のハーフマラソンなのですね。初回と違い2回目となると経験があるだけにいろいろな気負いや雑念(?)も入るかと思いますが、どうぞ自然体で渥美さんらしいレースを楽しんできてくださいね。うちの夫は明日、10キロレースに参加の予定です。昨日は久しぶりに50キロのロングランで走りこみをしていました。今日は軽く流す程度にするそうです。

| ぴあの | 2009/10/11 10:49 | URL | ≫ EDIT

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

| | 2009/10/12 03:37 | |

私も読んでいて感動しました。10代の頃はちょっとしたいじめにあって、それを勝手に父親のせいにしていました。何にも関係ないのにね。月日が流れて親になると、両親の有難みがよくわかってきました。こうしてフルタイムで働けるのも、彼らの励ましがあってこそですよね。あーーー。うるうるしてきました。もう、ぴあのさんのせいです。(笑)

| yuko | 2009/10/12 09:43 | URL |

鍵コメさん

ご自分の大切なお話を聞かせて頂きありがとうございます。事情をよくわかっていない第三者の私がどうのこうの言える立場にはありませんが、本当に大変な中、よくご自分を見失わずにここまでがんばってこられましたね!!

私もすっかり気持ちが解放されたわけではなく、もう15年以上も時間をかけ少し進んでは逆に後戻りしたり、今度こそ氷解したかと思えば、またフリーズしたりとそんな時間の繰り返しでした。ただ、母の老いをだんだん感じるようになったこと、自分自身が子育てもほぼ終え少し余裕が持ててきたことなどで少しずついい方向でとらえることができたのだと思います。ACの本も何冊も読んだし、関連サイトもよく見ましたよ。

一番私がおそれていたのは、やっぱり私も無意識のうちに子供(特に娘)に対して繰り返すのでは?ということでした。よく連鎖するといいますし、「心の世代間伝達」で無意識のうちに自分がイヤだと思っていたはずのことを次の世代に伝えてしまうということもあるからです。

私が一番に心がけたのは、とにかく「褒めて褒めて育てる」ことでした。それと、子供に何かしてやることは親として当然なのだから「決して(子供に何かしてやることを)恩にきせまい」と肝に銘じてもきました。

でもね・・・正直言うと、言葉では褒めて褒めていても心の中では、「なんでこんなことができないの!」「なんでもっとがんばれないの」なんてことはやっぱりしょっちゅう思ってしまっていました。言葉に出さなくてもやっぱりそういう思いって子供に伝わってしまっていると思い苦しい思いもしましたが、でも私の場合はある時期から娘に自分の葛藤なんかの話もして正直に私の思いを伝えてもいました。

30代に大学に再入学したときにとった心理学の授業の先生が素晴らしい方で一度、母とのことを聞いて頂いたことがありました。そのときにその先生が、「なぜお母さんがあなたをそんな風に育ててたのか?そのお母さんの気持ちをあなたが理解できると気持ちが変わるかもしれませんよ」みたいなことを言われたのが印象的でした。

参考になるかどうかはわかりませんが、鍵コメさんも少しずつでもお母さんに対しての思いがいい方向にいけることを祈ってます。

| ぴあの | 2009/10/12 13:06 | URL | ≫ EDIT

yukoさん

あれ~?yukoさんを泣かしちゃいました?ごめんなさい~(*^^*)

こうやってお話を伺ってみると、みんな多かれ少なかれ親との葛藤って抱えているのかもしれませんね。親だってきっとそのときどきで一生懸命に育ててくれていたのだろうにね。

yukoさんはすでにお父さんへの誤解がとけて感謝の思いを持っているのですね!素晴らしいです。親へのわだかまりを持っていると何より自分自身が一番つらいですものね。私も今こうして働けるのは親のおかげだと最近本当に感謝するようになりました。特に母には子ども達が小さい頃、私の授業のあいだいつも子供を預かってもらっていたので、それがあったから今の私があるのだと思います。こういうことも最近では心にしまっておかず口に出して感謝するようにしています。私もやっと成長してきたのかも?(笑)

| ぴあの | 2009/10/12 13:10 | URL | ≫ EDIT














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