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今日を楽しく♪

今日も楽しくこつこつと英語学習しています!

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英語の子

「私は私」

これは、娘が小学校6年の時に書いた作文の題です。

「私の母は英語の先生だからみんな、○ちゃんも英語ができるんでしょう?
と言う。うちにはよく外国人が来るし、私も海外旅行によく行くから友達は
○ちゃんは英語ができて当然だって言う。でも母は母だし、私は私。
母が英語の先生だからって、私が英語の子だなんて思わないで」

というような内容でした。
実は私、そんな作文を書いたなんてこと全然知りませんでした。

通知簿をもらいに学校へ行ったとき、担任の先生から
「この作文、すごく気持ちが伝わってくるから今度の
簡保の作文コンクールに出そうと思っています」と
見せてもらって初めて知ったのです。

驚きました!娘がそんなこと考えていたなんて全然知りませんでした。
「英語の子」というのは、
「英語(を教えているうち)の子=(だから)英語ができる子」という意味らしいです。

そういえば、私の児童英語教師仲間も似たようなことを言っていました。
彼女の娘さんは中3になるまでガンとして英検を受験しなかったのだそうです。
そして中3の秋になってやっと受けると言ったものの隣の市までわざわざ出向いて
受験したのだそうです。

理由を聞くと、「だって私は英語の子なのに、もし私が落ちたら
お母さん困るでしょ?生徒減るでしょ?」そう言われたのだそうです。
だから万一落ちてもお母さんに迷惑がかからないように
友達に受験したことがバレないように隣の市で受験したのだとか。

私たち母親にはそんな気持ちは全然ないのに、知らず知らずのうちに
それぞれの娘たちは「英語の子」というプレッシャーに苦しんでいたのです。

娘は中学校に入っても高校に入ってもやっぱり周りから、
「○ちゃんは英語得意だよね?だってお母さんは大学の先生だし、
うちで英語も教えてるし」なんてしょっちゅう言われ、それがプレッシャーに
なっていたようです。

それでか・・・娘は大学受験に際して、
「絶対に英語系だけは行きたくないっ」と言い続けていました。
海外や国際には興味はあるけど、英語だけはしたくないと。
それで国際関係や国際文化、国際教養といった方面を
進路に考えていましたし、私もその意思を尊重しました。

ところが、幸か不幸か受ける大学受ける大学、
ことごとく不合格でした。(詳しくは受験のカテゴリーを見てください)
絶対に浪人だけはしたくないということで
最後の最後に受けて合格をもらったのが今の大学でした。

専攻は英語です。
あれだけやりたくないと言っていた英語でしたが、
浪人よりはましということで進学しました。

入学式の後、2人でお祝いの食事をしたとき、

「きっと神様がちゃんと英語に向かい合いなさいと言ってるんだと思う。
がんばってみるよ」

そう娘は言いました。
志望校にことごとく落とされて、最後の最後に行き着いた末の大学でしたが、
その素晴らしい環境と経験豊かなネィティブの先生の授業で
娘の中に気持ちの変化が起きてきたようです。

大学が始まって2ヶ月ほどたった頃、

「私、今まで封印してきたけど、本当は英語が好きかもしれない」

と言いました。そして夏にオーストラリアでホームスティをした後は
「英語が好き!もっともっと話せるようになりたい」そういい始めました。

今年の1月からはアメリカ人、オーストラリア人のチューターを引き受け、
6月にその2人を見送った後、9月からはモロッコ人のチューターをしています。
そして今週からはもう1人、オーストラリア人のチューターも加わりました。

モロッコの女の子はムスリムで、来日当初はちょうどラマダン(断食)の
まっさい中でした。「太陽が出ている日中はお水いっぱいも飲まないんだよ!」
「もし1日でも飲んだらラマダンも1日長くなるんだって!」
「この前お昼に、アイス買って持ってきてくれてペロリと食べるからびっくりしたら
☆理のときは断食しなくてもいいんだって!!」

娘にとって1つ1つが新鮮で驚きがいっぱいだそうです。
そしてそのモロッコの女の子は日本語が全くできないことと
お互いが英語ネィティブじゃないことから気楽に英語で話せるようです。
彼女が携帯の契約をするとき、デジカメを買うとき、一緒にお店に行き、
彼女の買い物を手伝ったり、彼女が住む留学生会館の部屋に行って
彼女の友人たちに次々紹介してもらったりとどんどん友情は深まっているようです。

この前など、夜、モロッコ、エジプト、カナダ、ベトナム、フランスそして娘の6人で
近くの公園を散歩し、「伝言ゲーム」で盛り上がったとか。
初めは日本語で、そしてフランス語、アラビア語と伝言ゲームのお題を変えて
伝言ゲームをしたらすごくおもしろかったと。

オーストラリア人の子は日本語が堪能だから、
娘が英語がわからないとすぐに通訳してくれるからすごく勉強になるそうです。
また、携帯メールでも「some1」とか「atm」とかあって??だったら、
some1はsome+1(one)でsomeone、atmはat the momentだと教えてくれたそうです。

また留学生歓迎の実行委員にもなり、
今は来月のハロウィーンパーティーに向け、飾りつけ担当で
あれこれアイディアを考えているようです。

家族といるときや友達といるときは底抜けに明るく天真爛漫な娘でしたが、
知らない人や初めて会う人にはいつもどこか気後れして、
レストランで注文したり、お店の人に何か聞いたり、問い合わせたり
そんなことは恥ずかしくてしかたがなかった娘が、
どんどん積極的になっていきます。

英語を封印していた娘、
「私は私。お母さんとは違う!」と自分を主張していた娘、

その娘が、今の大学の環境の中で実にのびのびと楽しそうに
青春を謳歌し、ますます英語という世界の魅力に魅せられ
自分の世界を広げていることが私は嬉しくてたまりません。

来年は長期留学をするようです。
今、その期間を1年にするか半年にするか、
また行き先をどこにするかいろいろ考えているようです。

「子育ては自分の人生を2度生きること」と何かで読んだことがありますが、
私も今、娘を通して自分の大学時代を思い起こしてみたり、
また、娘からの話を聞きながらなんだか私もまた大学生活を送ってるかのような
わくわく感を感じています。

受験のときは、来る通知、来る通知、「不合格」で・・
娘が不憫で不憫でしかたなかったけど、
神様は、娘に飛び切りの道を用意してくださっていて、
娘を「英語の子」という呪縛から解き放ち、
自由にしてくれたのかもしれません。



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| 娘のカレッジライフ | 2009-09-30 | comments:0 | TOP↑

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