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今日を楽しく♪

今日も楽しくこつこつと英語学習しています!

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海外で働きたいんだってー

娘が海外のホテルで働く決意をしました。
アメリカ留学の時は、心から応援し、サポートもした私、今回は、正直、寂しくて寂しくてたまりません。

期間は1年なので、
「1年なんてあっという間だよ~。母さんも大学休みの時は遊びにくればいいし~」と娘はいいます。でも、寂しさがこみあげてきます。

私だって、かつては、海外で日本語を教えることを夢見ていたので、もちろん娘の気持ちはわかります。しかし、それでも、今の世界情勢を考えると不安や、何より娘が近くにいなくなってしまうことへの寂しさがこみあげてくるのです。

これって、年なのか、、、
それとも、大病をしたからなのか、、、

娘は言います。


以前から日本のホテルで3年位働いたら海外で働いてみたかった。結婚したらもうそんな自由はきかない。だから、今のうちにしたいんだと。

現在勤めているのは2つ目のホテル。
前のホテルでのキャリアをいかし、今はフロントのチーフとして働いています。

理解ある上司に恵まれ、昨日はトップと面談し、思い切って自分の夢を語ったところ、なんと、1年海外で働いたあとも現在のホテルに戻れるようにしてもらえ、さらには勤務先も紹介してもいいとまで言ってもらえたのだそうです。

仕事を失うことへの懸念が消えました。

付き合って1年以上たち、結婚も考えているカレシにも自分の思いを告げ、100%ではないものの、彼も応援してくれることがわかり、もう娘は前に進むことを考えたようです。

こうなると、親なんて、もう反対できませんよね。
寂しいからだなんて。

今日も嬉々とした弾んだ声で電話がかってきて、
アラスカのホテルの人材募集がとてもいい条件だとか、グアムのホテルは~、シンガポールのホテルの場合は、~~と、本当に嬉しそうに語るのです。

大学時代の友人たちも3年、4年働いた後、海外に飛び出し、大学院や仕事をしている人が多く、フェイスブックを見るたびに、自分だけ取り残された感があってうらやましくてしかたなかったのが、今ようやく自分もスタートラインに立てた!人生が輝いてみえる!!

と、そういうのです。
私、なんでこんなに寂しく悲しいんだろう?
なんで、心から応援できないんだろう?

アメリカ留学の時は、
まるで私自身も留学するみたいにわくわくしながら、候補の13大学から第一志望、第二志望を一緒に選んだりしたのに。なんで今回は、こんなにも、、、、

娘が、「母さんが一番の理解者なんだから、もっと喜んでよ!そんなテンションの下がった声出さないでよ。母さんだって、好きなことすればいいじゃない?夢ないの?やりたいことないの?人生は楽しいんだよ~~」と言います。

20代の娘と50代の私

夢って言われてもねー
あと1年で、夫が定年だから、そうしたら毎日、夫が家にいるのかーとか、そんな思いっきり現実の生活の中で、夢って言われてもね。

今、娘は自宅から10分ぐらいのところのアパートに一人暮らししていて、たまにランチしたり、一緒に買い物いったり、旅行行ったり、この距離感が本当にいい感じなのにな。いなくなっちゃうのか。。

仕事がら、私の若い同僚たちはほとんどが海外で1年どころか、2年、3年、10年と仕事してきた人たちばかり。そんな環境にあって、なぜ、私が応援してやれないのか?

自分でも本当に不思議です。

2年3か月前に私が手術した時、娘がいつも病院に来てくれて、その存在が本当に大きくて、私が落ち込んでるときは、いっつも笑わせてくれて、、、だから、気持ちのどこかでもし私がまた病気になったら、、娘がいないと、、、って不安が大きいのかも。

でも、いけませんよね。
娘の人生の邪魔をしては。

実は、私が独身の時、日本語教師として海外協力隊に応募しようとしていたことがあります。南米、パラグアイかウルグアイでの日本語教師に応募するつもりで、ペルー出身の男性に1年半スペイン語も習っていました。

で、いよいよ応募って時に、母が倒れました。

母は、「どうしてもぴあのが行きたいのなら反対はしないけど、少しでも迷っているのなら、迷っているのなら、できれば行って欲しくない」と言いました。

それで、応募をやめました。
母が落ち着いてからでも海外には行けると思って。

結局、その後、私は結婚をしたこともあり、海外で日本語を教えるという夢は(今のところ)実現していません。ただ、そのことで母を恨んだことは一度もありません。それも含めてタイミングだったのだと思います。

娘が国際的視野を持った女性になって欲しいと、生まれたときから願っていました。そう思って、小さいときから毎年のように海外旅行にも連れていきました。

そういう意味では、思うように育ってくれたわけですけど、でも、何もそこまでしなくてもと。。親なんて勝手なものですね。

これまで、何事も子供たちのすることに反対しなかった夫も、今度ばかりは、反対のようです。オーストラリアにもアメリカにも留学したんだからもう十分じゃないかと。

夫は、娘が今付き合ってる彼との結婚を望んでもいるので、1年間離れることによってのリスクも心配しているようです。でも、こういう親の思いは伝えることはできても、決めるのは本人です。

私、娘が地元を離れ大学生活を送っていた4年間ですっかり子離れできたつもりでいました。就職で配属先が地元となってまた帰ってくることが決まったときには、正直、「ビミョー」という思いがありました。が、その微妙がまただんだん快適になり、知らず知らずのうちに、だんだん大人になってきた娘に精神的に依存していたのかもしれません。

今回が本当の意味で子離れの時期なのかも。

結婚して横浜に住む息子はお正月に帰ってきたものの、その後電話もメールもありません。私がフェイスブックに写真をUPしたときに「いいね」をしてくれるのが、唯一の交流です(笑)

29歳と26歳。
二人とも大きくなって。。大きくなりすぎて、、、(笑)

私がトイレに入ってるわずかな時間も、「ママ~~~」って泣いてた時代もあったのに。4人一緒が当たり前だったのに。

ふ~いけませんね。
私、もっと自立している女性だったはずなのに(笑)

でも、でも、寂しいものは寂しいんです~~~~
以上、心のつぶやきでした。
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| 娘の就活とその後 | 2016-03-08 | comments:2 | TOP↑

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

| | 2016/03/08 20:52 | |

鍵コメさん

いつもコメントありがとうございます。
今回の記事、同じ子供を持つ立場の母親としてご共感頂き嬉しいです。

ただ、私は、ブログをやっている以上、記事はもちろん、できればコメント含め、読者の方と広く交流できればと思っているので、レッスン応募などの個人情報が多く含まれるコメントは別にして、通常コメントは、なるべくなら管理人のみ閲覧できる鍵コメントではなく、オープンなコメントを頂ければ、より嬉しく思います。

もちろん、その際は、ご本名ではなく、ハンドルネーム(ブログコメント用のニックネーム)で投稿して頂ければと思います。

| ぴあの | 2016/03/08 21:52 | URL |














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