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今日を楽しく♪

今日も楽しくこつこつと英語学習しています!

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事故から1週間

母の事故から1週間たちました。
連休明けの詳しい検査で、脳に小さな硬膜下血腫があったこと(でも、その後幸いにも自然消失!!)、そして、足に4か所の骨折があったことが判明しました。。

骨折と言っても、メインの大きな骨ではなく、骨の一部が陥没していたり、はがれていたり(?)、ひびが入っていたりという感じなのですが、それでも現在は、固定しての車椅子生活です。

当初、打撲だけなら1週間程度の入院で済むかと思っていたのですが、入院期間は約6週間、完治までは6か月を要するという診断が下されました。

ひとまず、命に別状はないということで安心はしたものの、これは長丁場になるということで、1人暮らしになってしまう父のサポートをどうするかいろいろ考えました。

私自身毎日、大学→実家→病院を回る生活。
大学は学期末が近づいているので、期末試験の作成、そこから逆算した授業など、それでも日々、病院からは脳担当、整形担当の先生からの説明があり、その後は家族で情報を共有化しての今後の話し合い。

これまで、ありがたいことに、
親の介護やサポートにはほぼ無縁できたため、私自身知識も少なかったのですが、FB上で呼びかけると同年代の同級生を中心にたくさんのアドバイスや助言をもらいました。

まず、明日から父には夕飯の宅配サービスを申し込みました。
保険会社との話し合いで、父が母を見舞いに行くときはタクシーを使ってもいいことや母の退院後の通院時のタクシー使用とその代金もカバーしてもらえることになりました。

もし、母が退院後も車椅子生活になるようなら、実家にスロープをつけたり、バリアフリーにすることも考えないといけません。その時は、病院の相談窓口や行政の高齢者福祉関係の窓口でも相談しようと思います。

県外に住む弟も今週半ば、仕事を調整して1泊で帰ってきてくれたので、主治医の先生に時間をとって頂き、事故当初からの経緯を説明してもらい、弟と私の二人で今後についてなども話し合うことができました。

義妹からも昨日、手作りのお惣菜を冷凍にしてクール宅配便で父への食糧支援が届き、何がなんでも私ががんばらねば!!という緊張がちょっと解けました。

夫も娘も大車輪の活躍で、一緒に先生の説明を聞いてくれたり、病院に見舞ってくれたり、父と一緒に時間を過ごしてくれたり、本当に家族に感謝です。

一番つらいのは母本人なのに、木曜日、私もいっぱいいっぱいで、つい母を叱りつけてしまい、帰りの車では自己嫌悪でいっぱいでした。娘ともいろいろあって、その日、スタプラで吐き出してしまいました。

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昨日で事故の保険会社との面談もすみ、母の病室の整形病棟への引っ越しもすみ、生協は夕飯宅配と共同購入の手続きもすみ、ちょっとひと段落。母を見舞ったときに、母の言動にえっ?と思うことがあり、思わず厳しい言葉を吐いてしまった、私。

「こんなにも私たちががんばってるのに」とまで言ってしまい、謝る母の姿がやきつき、帰りの車では自己嫌悪マックス。

一方、昨日結婚式場めぐりをしていた娘からは夜、2軒目のところがすごくよかったので決めた!と嬉しそうな声で電話。なのに、式の日程が、えええ??と思う日だったので、それを言うと、今度は娘に叱られ、その後LINEでも「どうしてそんな否定的な言い方をするの?2人で決めればいいと言ってくれてたのに、なにか希望があるなら事前に言ってくれないと何も決まらない」と。

いろんなことで頭がいっぱいで、気持ちに余裕がないと大事な家族ともぎくしゃくしてしまう。反省。ここ1週間、まともな朝、昼ごはん食べてないので、今日からは3食きちんととるようにもします!
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やっぱり疲れていると、
心に余裕がなくて、
大事な家族とのコミュニケーションすらぎくしゃくしてしまうこと痛感しました。

落ち込んで眠りについた木曜の夜、
次の朝、まず娘から電話があり和解。

母にも、きついこと言ってごめんねとメール。

母のことに加え、
娘の結婚関係のこともあり、
頭の中、もういっぱいいっぱいでした。

加えて、
実は水面下で受験を予定していた試験もあり、
こんな状態では無理ー

という思いと、
根がまじめなだけに(笑)

受験放棄に罪悪感があり、
たとえ勉強してない状態でも受けるべきじゃないかとか、

いや、
そもそも受けようと思うと
自分を追い込んでやっぱり勉強してしまいそうだから

今は優先順位から考えて
受験する時間を両親のことや、
自分が体を休めることにあてるべきでしょうと、

なんだか、こちらも堂々巡り。

ぴあの塾オフ会も、
こんな状況だから無理でしょうー
という思いと、

せっかくの機会だし、
なんとか行けないものかとか、

いろんなことが
ぐるぐる
ぐるぐる

Ronとチャットする機会があって、
今の私の状況をチャットでめためた英語で伝えていたら、

長年の付き合いで私の性格も熟知してるRonから、

・Focus on what's more urgent.
・Then deal with them as they come.
・Remember, worrying ahead won't help. Preparing helps though.

素晴らしいアドバイス!
まずは優先順位をつけ、急を要することから対処していき、どうなるかわからないことはその時が来たら考える!備えあれば憂いなしだけど、憂いているだけでは意味がない。

ともかく事故から1週間、
やっとやっと少しずつ、いろんな体制が整いつつあります。

すっかり涙もろくなってしまった父と母。

ありがとう。ありがとう。
どうやったら(この恩義)お返しできるんだろ。

と言われると、

な~に言ってんの!
ここまで育ててもらったんだから!

と返しています。
私達に迷惑かけないように
これまで二人で力を合わせて暮らしてきたことが、

入院の荷物を取りに実家に行ったときに
部屋の随所から感じられました。

できることはしてやりたい。
でも、自分も大事。
私の暮らしも大事。

その線引きが大事。

父にもあまりに過保護にしてもいけない。
自立を手助けするみたいなスタンスで。

事故から1週間、今はこんな感じです。

| 両親 | 2017-01-15 | comments:2 | TOP↑

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やすらかに…

本日未明、義母が他界しました。
やすらかな最期でした。

深夜1時前に連絡を受け、
すぐに病院に駆け付けたのですが間に合いませんでした。

ただ、余命2週間と宣告されてから、
今日までの3週間半、

私たち家族は、それぞれに
お別れする心の準備を十分に持つことができました。

息を引き取った後、病室で一人一人が義母に言葉をかけたのですが、

87歳の義父が、
83歳の義母の手をとり、
頬を何度も何度もなでながら、

「よぉ、がんばったなぁ。」
「よく、がんばったな」

と、声をかける姿に涙がとまりませんでした。

3人の子ども、
7人の孫、
9人のひ孫に恵まれ、
連日、病室は先客万来だった義母。
みんなに愛されて幸せな人生だったと思います。

家族それぞれの大事な予定や
忙しくなる年末年始を潜り抜け、
今のタイミングで亡くなった義母。

最後の最後まで家族思いの義母だったと思います。

お義母さん、31年間ありがとう。
未熟な私を、大切な家族の一員として、かわいがってくれてありがとう。

どうぞ、どうぞ、やすらかに。

合掌

| 両親 | 2015-12-16 | comments:2 | TOP↑

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落ち着かない日々

11月23日に義母の主治医から、
「よく持ったとして、あと2週間」と宣告されました。

加えて、
「いつ何があってもおかしくない状況。会わせたい人がいたら今のうちに」とも。

その、「あと2週間」がたちました。
この2週間、電話やメールの着信音にハラハラし、

夜、急変したらすぐに駆けつけられるよう、
携帯はどんなときも肌身離さず持っていて、

アルコールを抜いたり、
夜中でも目が覚めると携帯チェックしたり、

何より、私の仕事は急に休めないので、
講師仲間の先生に、代講待機をしてもらい、
私の担当授業分の準備を水面下でしてもらって備えてもらう日々。

息子は、

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| 両親 | 2015-12-06 | comments:2 | TOP↑

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人生にはまだ楽しいことも

私の実家の父、3月の誕生日で77歳になります。
定年まで新聞社に勤め、おしゃれでユーモアがあり
見た目も気持ちも60代前半でも十分通ると思っていました。

その父が去年の夏ごろから膝に痛みを感じ、
大好きなゴルフもあまりできなくなってしまいました。
何軒か病院にも行ったのですが、特に原因を特定できませんでした。

父の話では、足の中にまるで火の玉が入っているようにいつも熱く
痛みもあってつらいのだそうです。

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| 両親 | 2010-01-15 | comments:0 | TOP↑

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