||| admin || NewEntry |||
FC2ブログ

今日を楽しく♪

今日も楽しくこつこつと英語学習しています!

  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

娘に子供が生まれて感じる母への恩

先日、両親が結婚60周年を迎えました。
ダイヤモンド婚式です。

実は私たち夫婦の結婚記念日は両親と同じ日です。

ぴえとの結婚が決まった時に秋に結婚しようとなりカレンダーをみたら、たまたまその日が大安の日曜日だったことから、両親と同じ日に結婚するのもいいかもしれないと。

安易な気持ち(笑)でその日にしました。
まあ、それはそれでよかったのですが、なんだか毎年一緒にお祝いするのが慣例となって、途中からは、なんだかな~と思ったのも正直な気持ちです。

結婚60周年かー
いくら長寿社会になったとはいえ、二人がそろってそれなりに健康で自宅でその日を迎えられるって、とっても幸せなことだと思います。

10年前の金婚式のときは、京都の弟一家の帰省に合わせ、ホテルで盛大にお祝いをしたし、その後も喜寿や傘寿などもホテルでお祝いをしてきたので、今回は派手なことはいいかな~と思っていました。

それに、その日って私たちにとっても記念日だしー笑

両親、何かを期待してるかな?とは思いましたし、ちょっとプレッシャーにもなっていたのですが、あえて今年は何もしないことにしました。食事会も。

もちろん、朝LINEでお祝いメッセージを送ったり、電話で直接話すことはしました。でも、お祝いは特になし。

でも、だんだんとやっぱり後悔が。。。
そこで、2日遅れにはなったけど、何か贈ろうと思い立ち、素敵な写真立てをショップで見つけたのでプレゼントしました。

熨斗紙には「結婚60周年 御祝い」と入れてもらい、夫との連名にしました。

お花のきれいなカードに今の私が感じる両親への気持ちを手書きでしたためました。

写真立ては4枚入るブライダルタイプのものです。
父は85歳ですが、LINEもするし、スマホも自由自在に扱います。

最近は、アプリ「みてね」で息子や娘の子供たち(両親にとってひ孫)の写真や動画を楽しみに見ています。父はその写真をスマホに保存し、パソコンに転送してはプリンターで印刷しています。

で、その写真たちは冷蔵庫に貼ってるのです(笑)
ならば、きれいな写真立てに飾ればいいなーと。

本当に気持ちだけのささやかな贈り物だったのですが、昨夜母からお礼の電話がありました。

嬉しかった。
号泣した。

私は最近は両親のことを、じーちゃん、ばーちゃんと呼ぶのですが、カードの文面には、「お父さん、お母さんへ」から始めました。だって私にとっては、父母なのだから。

かつて母が糖尿病からの眼底出血で両目を手術した後、人生に絶望していたので母をクリスマスにグアムに連れていったことがあります。これからの人生、まだまだ楽しいことはあるよと言いたくて。

今から15年ぐらいまえのことです。
その母との旅行の最後の日に、帰りの飛行機の中だったかな?

母が、「この旅行で一番嬉しかったことは、きれいな景色やおいしい料理もあるけど、何よりも一番嬉しかったのは、旅行中、ぴあのが私のことを、お母さん、お母さんと呼んでくれたこと」

なんだかそのことをふと思い出したのです。

母に対する葛藤は私の長年のテーマでした。

母は一度もほめてくれたことがない。
だから自分はダメな子だと思ってきた。
自分に自信が持てなかった。
だからがんばった。
でも、母はほめてくれなかった。
常に他者の評価を気にする人間になった。
自分のことが好きになれなかった。

いい年した大人の私なのに、ずっとこんな葛藤があり、自分で自分を評価できず、つねに周りが私をどう見るか、人によく思われたい、そんな風にびくびく生きてきた。

こんな風になったのは、母のせいだ。という気持ちが大きかった。

20代後半のころからずっとこんな葛藤を抱えてきた。
いい年してまだ母に褒めてもらいたいと思ってる自分に愕然ともしていた。

しかし、ここ数年、母の老い、そして私自身が病気をしたことで自分がちょっとゆるくなってきたことで、少しずつ素直になれるようなった。

アドラー読んだり、断捨離したりヨガを始めたことで、シンプルに考えられるようになってきた。

自分のことが好きになってきた。
人生をがんばるから楽しむようになってきた。

そしたら母のことが許せるようになってきた。
そもそも「許す」なんて不遜だけど、でも、もう責める気持ちは全くなくなってきた。

今年の6月に娘が出産した。
それをきっかけに、いかに私がこれまで母に支えられてきたのか。

子供を持ちながらも日本語教師という軸をぶれることなく続けてこれたのは、まさに母のおかげだと改めて思った。

産前、産後の里帰り中、初めての子育てで不安だらけの時、どんなに母がサポートしてくれたのか。今の私は娘にはとてもそこまでのことはできない。それほどのことを母はしてくれたのだ。

なのに、私は、
母のせいで~~
母が~てくれないから~

など、足りないことばかりあげて心で責めてきた。

してくれたことにフォーカスせずに、マイナスなことばかりにフォーカスしてきた。

なんてやつだったんだーーー私は。

その立場にならないとわからないことはたくさんあるとは思うが、

今はもう母に対して、

感謝しかない。

| 母と娘の葛藤 | 2018-10-24 | comments:0 | TOP↑

≫ EDIT

母が交通事故に

遅くなりましたが、
みなさま、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

昨年末は嬉しいことが続き、
年があけても、

ミニどら君は無事、
どらみちゃんの里帰り先から
横浜に戻り、3人家族での新生活が始まり、

娘も彼のお宅を訪問し、
ご両親から温かく迎えられ、
来月、両家顔合わせの日程も決まり、

私達は夫婦で、
「君の名は。」の聖地巡礼旅行を楽しみ、

と、いいことづくめだったのですが、

≫ Read More

| 母と娘の葛藤 | 2017-01-08 | comments:0 | TOP↑

≫ EDIT

お盆終わりましたね~

お盆が終わり、今日からまた通常生活という方も多いでしょうね。
私はまだ1か月位夏休みがあるので引き続きのんびりです^^

このお盆は、
ふだんなかなか会えない友人に会ったり、
双方の実家へ行き、お墓参りしたり食事会をしたりしました。

その中でいやおうなく気づかされたのが、、、
母の老いです。

精神的な気丈さは相変わらずなのですが(苦笑)、
目が不自由なこともあって、
とにかく足元がおぼつかない。

父は慣れたもので、

≫ Read More

| 母と娘の葛藤 | 2015-08-17 | comments:0 | TOP↑

≫ EDIT

動揺してます

「ばーちゃん、昨日から入院した。2週間の検査入院で特に心配はいらない」

昨日、実家の父(78歳)から携帯にメールが届きました。
母は48歳の時に糖尿病に罹患し、その後カロリーや運動に気を付け
10年位はうまくコントロールできていたいのですが、

やはりそれだけはでは血糖値は下がらず
投薬を始め、インシュリンをうつことになっていました。

その後、眼底出血を繰り返し、レーザー治療を受けたものの
結局は手術の必要が生じ、数年前に両眼とも手術を受けたものの
黄反変性症もともない、障害者手帳を持つ身となりました。

これまでも母との葛藤については何度か記事にしていますが、
いまだ未熟な私は完全に葛藤をクリアにすることができず
距離をはかりかねては自己嫌悪に陥ったりもしていました。

そんな矢先の母の入院。
検査目的とはいえ、いやおうなく親の「老い」に直面せざるをえません。
入院中の母のことはもちろん、その間独り暮らしになる父(78才)のことも。

昨日、父からのメールで母の入院を知り、悶々として一夜明けた今朝、
出勤前の朝8時過ぎ母@病院から電話がありました。

≫ Read More

| 母と娘の葛藤 | 2011-07-07 | comments:4 | TOP↑

≫ EDIT

なんで優しくなれないの・・・

英語とは全然関係のないお話です。
これまで母との葛藤を数年抱えてきましたが
徐々に自分の中で変化してきていました。

年々、母を愛おしく思うようになりました。
また、感謝の気持ちもいっぱいあります。
言葉にはしなくても心の中でいつも感謝しています。

でも、でも・・やっぱりいざ電話で話したり
会って話すと、グサッとささる言葉があったり、
自分で勝手に傷ついたりがっかりすることもあります。

ただ、娘の成長に伴い、
自分自身が20代だったときに母がしてくれたことに
改めて感謝の気持ちが湧き上がってくる場面もたくさんあります。

≫ Read More

| 母と娘の葛藤 | 2011-03-03 | comments:6 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT