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今日を楽しく♪

今日も楽しくこつこつと英語学習しています!

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母の退院後の暮らしをサポートするあれこれ

母の転倒事故から約1か月、退院からは約2週間が経過しました。

まだ、肋骨(結局5,6本折れてた、、、)はくっついてはいないものの、順調に回復し、父と二人での自宅生活が可能になりました。今日は自宅生活を可能にするためにとった対応策を紹介します。

まずは、ケアーマネージャーさんと相談し、週1でお掃除のヘルパーさんに来ていただくことにしました。

うちの場合、両親とも、要支援1相当の「事業対象者」の認定を受けていて、それぞれが週に2回のヘルパーとデイセンターへの通所サービスを受けることができます。

二人とも認定を受けた去年はできるだけ自分たちだけの力で生活をしたいと言っていたのですが、さすがに今回は少なくとも、トイレ、お風呂、洗面所の掃除は母には無理だと判断したようで、週1回、お願いすることになりました。

流れとしては、

1.ケアマネージャーに相談
2.ケアマネ→福祉事業団→ヘルパー派遣
3.担当者4人が実家に来て、両親と面談
4.ケアマネージャーがケアプラン作成(契約)
5.福祉事業団もプラン作成(契約)
6.サービス開始

で、とても順調にサービスが受けられるようになりました。
ちなみに、すべて私が立ち会いました。

また、夕飯の宅配サービスもケアマネージャーさんを通し、宅配業者に依頼をして頂き、まずは3回のお試しを経て、今週から週に2回、二人分でお願いしました。

買い物は、父がネットができるので、近くのスーパーの宅配サービスをネット注文でする方法をとろうとしましたが、1度やってみたものの、高齢者にとってはやはり自分の目で見て買いたいのと、宅配時間が12時から17時の間と幅が広く、その間出かけられない(不在の場合は持ち帰り)ということで、今のところ父が買い物に行っています。

家の中の受け入れ態勢は弟主導で行い、

お風呂には、背もたれ付きの折り畳み椅子を購入



転倒防止のために段差解消テープを購入し取り付け
(実際に購入したものは他メーカーですが、イメージはこれに近いのでリンクしておきます)



さらには、母の寝室の照明をLEDに変え、手元のリモコンで操作できるように。また、階段、廊下などの照明も弟の目からみて古い、暗いものはすべてLEDに。

食卓の椅子は自分で引くのが難しいので、ニトリの回転椅子を購入。(これもイメージに近いものをAmazonリンクで貼っておきます)



以上の福祉サービスと家の中を高齢者用に改善したことで、再び両親だけで暮せるようになりました。

転倒→救急車搬送→肋骨骨折→肺に穴が、、、、となったときには、もうどうなることかと思いましたが、こうして1か月足らずで再び、父と二人で自宅で生活できるようになって本当によかったです。

次はGWまで帰らないと言っていた息子一家が、急遽年末に帰ってくることになり、にぎやかな年の瀬になりそうです。

| 両親 | 2019-12-21 | comments:0 | TOP↑

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人間の回復力ってすごい!(約2週間で退院!)

入院した翌日のレントゲンではすでに肺が元の大きさに戻りつつあり、早ければ翌日にでも肺の管(カテーテル)が抜けると言われ、一同安心。

ところが、その翌日になって、私の携帯に主治医から電話が。。。

「一度膨らみだしていた肺が、今日になってまた縮んできたので、今から緊急処置を行いますがいいですか?」とのこと。。

本人にも説明したが、家族にもということでの電話。処置をお願いし、15時には主治医から経緯の説明があるということで、父、弟、娘、私の4人で病院に出向く。

肺に空気を送り込んでいた管に血の塊がついてブロックしていたため、その管を抜き、新しい太い管をいれたとのことだった。迅速な処置に感謝!

肺への管は、長くても1週間まででそれ以上になると管から感染症のリスクがあるということで、改善が見られたら、一度管をクリップでとめて管を抜いてもいいことを確かめた上で抜くことになると。

処置は痛みもともったため、母へベッドでぐったりしていた。しかし、無事に終わったことでほっとしたのか、少しずつ会話もできるようになり、ベッドサイドにいた父に、私と弟を見ながら、

「じいちゃん、この子たちを産んで本当によかったね~」と言い、

父が、うんうんとばかりにうなずいていた。

その処置が功を奏し、無事その数日後には管も抜け、肺の機能も戻ったようで、母も肋骨の折れてる痛みはあるものの、順調に回復していきました。

途中、もともとの転倒の原因になっためまいの原因をさぐるべく頭部CTも取りましたが、結果を聞いた母から弾んだ声で電話が、

「海馬もきれいで、まったく問題ないんだって~とても83歳の脳とは思えないほどきれいなんだって~。いったい、どういうお仕事をされてたんですか~とまで聞かれたわ」と。

それまでは、あまりの痛みと、私たちに迷惑をかけるのがつらいからと、安楽死したほうが楽だとか、このまま施設に入れてほしいとまで言っていた母が、脳の結果を聞いてからは、

「皆さんがここまでよくしてくれるんだから、私もがんばらないと!」と、みるみる元気に。

言葉の持つ力ってすごい。

どうも、本人は勝手に脳腫瘍だと思い込んでいたらしい。。

大学病院ということで、入院中には、持病の糖尿病の先生にも診て頂き、家族にもきちんと説明してくださり、なくなりかけていた目薬は眼科で処方して頂いたり、リハビリの先生が熱心に進めてくださったり、本当にありがたかった。

最初は4人部屋だったが、個室が空いたタイミングで移ったため、大きな窓からは外の景色も見え、家族がお見舞いに行っても、周りを気にせずに話し、ゆっくり滞在できるようになったことも、母は精神的にずいぶんと楽になったと思う。

東京にいる息子からは、「おれは何もできなくてごめんね」と言いながらも、子供たち(母にとってはひ孫)の動画、

「おおばぁば、がんばれ~~~」を送ってくれていたので、それを大画面にして何度も母に見せた。母も、「ありがとね。おおばあちゃん、がんばるよ~」と嬉しそうで、こうして、みんなが母の回復を応援しているということが感じられたこともよかったと思う。

順調に回復するにともなって、「退院」の話がでるようになってきた。

そうなると、退院後の生活、実家での受け入れ態勢、準備を進めないといけない。何しろ、まだ肋骨は4,5本折れたままなのだから。

弟が中心になって、家の中の改修関係を。

・段差の解消
・お風呂の椅子の購入
・買い物(父にネット注文を教える)
・照明をLEDに交換し、リモコンで手元操作
・洗濯物を室内干しにするための工夫
・食卓の椅子を安全な回転椅子に

私は地域包括センターに行ったり、電話で今後の生活サポートについてケアマネージャーさんと相談

・両親が受けられるサービス内容
・父にあう運動中心のデイサービスの紹介
・食事の宅配サービスについて
・ヘルパーさんのサービス内容について
・介護度見直しの申請をすべきかどうか
・(将来的に)高齢者施設について
(その後)
・トイレとお風呂の掃除をヘルパーさんに依頼

これらについては、また次の記事でまとめます。

母は緊急入院から13日後、無事に退院することができました。

入院した日から1週間は弟が会社を休み(PCと会社携帯があればどこでも仕事は可能と言って)実家に父といてくれて、途中からは弟のお嫁さんが車で来てくれて、彼女の明かる人柄でみんなにが元気になったことも大きかった。

一時は父が憔悴しきっていたため、先週の土曜は娘一家も含め全員が実家に集結し、父を元気づけるために食事会をしたことで、父もかなり元気になりました。

母の退院にともない、一番気になっていたベッドも、病院が電動ベッドを手配してくれて、とってもリーズナブルな価格で貸して頂けることになり一同、ほっとしました。

これまで無知でしたが、今の世の中は、いろいろなサービスが受けられる仕組みができているようです。私たちは介護保険を毎月払っているわけですが、こういう風にいろいろ利用させて頂けるのなら、高齢社会にとっては必要なことなんだと改めて思いました。

次は母を受け入れるための実家改造について書きます。

| 両親 | 2019-12-07 | comments:2 | TOP↑

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肋骨が折れて肺に刺さり、肺に穴が、、、

救急車で大学病院につき、母はすぐにER(?)に。
私はもろもろの事務的手続きを。

その前に、担当の方から、「今日は朝からインフルエンザで救急外来に来られる患者さんが多いので、マスクされたほうがいいですよ」と言われ、マスクの自動販売機を教えてもらい、購入。

ドクターからは、エコーとレントゲンは取って、肋骨が何本かおれてるのはわかったが、詳しいことは、造影剤を入れて、CTを取ってみないとわからないと。

ただ、飲んでる薬によっては、造影剤を使えない場合もあるので、まずはお薬手帳が見つかってもってきてもらうまで、検査はせずに待機すると。

母は緊急処置のおかげで、多少会話ができるようになったので、お薬手帳の場所を聞き、実家にいる父と夫に電話で、お薬手帳探しを命じ、ようやく発見!

それをもって病院に来るには20分ぐらいかかる。
ドクターは、それぐらいの時間でしたら待ちますと。

そこで、私はひらめいた!!
夫に、お薬手帳の最新ページから遡って5ページぐらい分の写真を撮って、LINEで送ってと。

そのころには娘も実家に到着していたので、娘がささってやってくれて、私の携帯に送信。

私は、ERのドアをノックし、出てきたドクターに、そのお薬手帳の画像を見せた。ドクターは、私のこの機転に、「そっか、こういう手があったか!!!」と言わんばかりの感心した面持ちでLINE画像を見て、これなら造影剤は使えると。(血液検査での腎臓の数値にも問題がなかったのもあり)

母の検査が終わるころには、父と夫も病院に到着。
娘には実家で待機してもらい、入院の準備を整えてもらうことにした。(小さい子供もいるので、下手に病院にきて、インフルなどに感染してもいけないと思ったため)

一方、京都にいる弟は、こちらに駆け付けるべく、駅に向かうと。さらには、家族8名のグループラインを作り、情報を共有することもしてくれた。

検査の結果、肋骨が4,5本折れて、そのうちの1本が肺に刺さり、肺に穴があいてしまっていると。そのため、肺の空気が抜けて、肺がしぼんでしまっていて、中には血がたまっていると。

休日の夜とういことで、どうなるのかと思ったら、すぐにこれから緊急のカテーテル処置を行います!と。オンコールでスペシャリストの先生たちがすでに集結していた。

ここからは、ER担当ドクターから、呼吸器のドクターにバトンタッチされ、スペシャリスト3人でチームを組んで治療にあたると丁寧な説明を受けた。

私の携帯バッテリーも、夫がもってきてくれたポータブルバッテリーで充電ができ、まずはほっとした。

緊急カテーテル処置がうまくいかなかった場合は、急遽開胸手術が行われる可能性もあるとの説明も受けていたので、すでに電車に乗ってる弟にもLINEで随時連絡。

私は説明をうけるたびに大量の同意書にサインをし、医者の説明を父にかみくだいて説明。

無事、カテーテル処置は終わり、しばらく様子を見た後は病棟に移動することになった。もう時間は20時を回っていて、15時に母が転倒してから、飲まず食わずでいた父のために、飲み物などを買ってくる。ここで初めて父の憔悴しきった表情に気づく。。

病棟に移り、ひととおりの説明を受け、弟も21時頃、病院に到着。ここで、こんどは輸血に関する説明を受ける。万一、緊急オペになり、輸血が必要になったときに、そこから家族の同意を受けていると間に合わなくなるおそれがあるので、事前にとのこと。

1つ1つが本当に迅速で丁寧で、その対応に頭が下がる思い。

他の病院では80歳をすぎた高齢者である母に対し、失礼な対応をされたこともあるだけに、この病院の、1人1人の患者を尊重し、敬意をもって接してくれる姿勢にありがたくて涙がでそうになった。

看護師さんたちも、私たちに「突然のことで驚かれたでしょう。大変でしたね」と気遣ってくれ、本当にすばらしいスタッフに見ていただき、ありがたいという思いを家族みんなで感じていた。

母は痛みで苦しんでいたが、それでも呼吸も少しは楽になり、落ち着きを見せたので、病院をあとにすることにした。以上が初日の様子。

当初は、肺のほかに、肝臓や腎臓も折れた肋骨で損傷のおそれありと言われていたけど、他の臓器は大丈夫ということで、その点では安心した。

ただ、夜中に急変や緊急オペの可能性もあるので、第一連絡者の私は携帯を枕元に置いて連絡がとれるようにともいわれていたので、その日は眠りについたもののどこか緊張感はずっと残っていた。

| 両親 | 2019-12-06 | comments:0 | TOP↑

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母が転倒し救急車を呼ぶ

夫と紅葉を見に郊外までドライブ、

写真 2019-11-23 12 17 39

ランチも食べ、遊歩道も歩き、秋の休日を満喫して帰路についていた時、父から電話。

母が庭のテラスで洗濯物を取り込もうとした際に、急にめまいがして転倒、、そのときにコンクリート壁に激突し胸を打ち、動けなくなったと。なんとか家の中に入れたが激痛が、、、

どうしようと。

ともかく母の様子を見ないと判断できないので、まずは夫と実家へかけつけました。実家への道すがら、ホテル勤務の娘に電話。お客さん対応で救急病院などの情報を教えてもらおうと思ってのことです。

ちょうどダンナさんの実家にいた娘に状況を話すと、お姑さんが、「すぐに救急車を呼んだほうがいい」と。

救急車?
思いもしませんでした。
正直、何を大げさな、、とも思いました(('◇')ゞ

ともかく母の様子を見てからと思い実家に入ってみると、リビングで母が横たわり、激痛で顔面真っ青。。

これは、やはり救急車だ!
だいいち、普通の車に乗せることもできない。。。

母、父、夫にも、「救急車を呼ぶけど、いいね?」と確認し、人生初の119番へ電話。

「はい。消防ですか?救急ですか?」
「救急です」

そこから、状況、名前、年齢、住所を言うと、

「サイレンが聞こえたら前に出て誘導してください」と指示されました。電話を切ってから、家族から「(ご近所の手前?)サイレンは鳴らさないように頼めばよかった・・」と言われましたが、そんなこと、言ってられません。

ほんの数分で救急車、到着。
早い!

救急隊の判断では、肋骨が数本折れ、内臓に損傷があるのでは?と。大きい病院に搬送する必要があると。

最初に言われた病院は地元では有名な公立病院ですが、自宅からはかなり離れています。しかし、そんなこと言ってられません。

ただ、念のため、私が、「大学病院は?」と聞くと、「大学病院に搬送するのは、生きるか死ぬかのの場合のみです」と。ということは、少なくとも母は命の危険はないのか?

保険証とお薬手帳(←これが非常に大事!!)を準備するように言われていましたが、父も私たちも所在がわかりません。母に聞くも、意識がもうろうとしています。

とにかく、その辺にあった母の持病の薬の現物をもって、私が救急車に同乗。夫と父は保険証、お薬手帳、当座の入院準備をしてあとで病院にくることになりました。(さらには娘も実家にかけつけてくれて入院の準備を整えてくれました)

救急車の中では、受け入れ病院への依頼がまず行われました。

まず、最初に名前の挙がった公立病院に依頼をかけましたが、母の症状から必要だと思われる科の担当医が不在で受け入れられないとのこと。

そうなると、対応可能だと思われるのはA大学病院とB大学病院しかないとのことでした。

A大付属病院は私が勤務する大学でもあり、B大学病院付属病院は自宅から1時間以上はかかるため、祈るような気持ちで救急隊の電話での会話を聞いていました。

「了解です。では、向かいます」と言って電話が切られました。
A大学病院が受け入れてくれたのです!!

これが本当に幸運だったと後になって感じることが多々ありました。

受け入れ先が決まって救急車が出発。夫、父、そして京都に住む弟に連絡。ここで、私は自分の携帯バッテリーがすでに30%を切ってることに愕然としました。。。

ここまでのまとめとして、緊急時に大事なことを備忘録的にまとめます。

1.動けない状況の時に無理には動かさず救急車を即呼ぶ!
私たちは救急車というのはもっと特別な場合だと思い当初は躊躇しました。母が転倒してから救急車をコールするまでの時間が45分。しかし、救急隊のかたには、こういう場合はすぐに呼べばいいと言われました。とても優しい方で、「痛いのにがまんしてたの?つらかったね。すぐ呼んでくれてよかったんだよ」と母に話しかけていました。

また、今回のような場合は、下手に動かすと、別の骨が折れたりの可能性もあるようです。娘のお義母さんは家族がベッドから転落した際に自分たちで病院に搬送する際に新たな骨折が起こった経験があり、それがあって救急車を呼ぶことを助言してくれていたのです。

2.保険証とお薬手帳の所在をあきらかにしておく
保険証はその日なくても、〇日までに持ってきてくださいでまずはすむのですが、お薬手帳がないと、現在服用してる薬がわからず、たとえば造影剤を使ってCTをとりたくても、造影剤が使えるかどうかの判断ができず、迅速な検査ができません。

3.母の健康状況の把握
アレルギーがあるかどうかなど、いろいろ質問されましたが、即答できない質問もあり、普段から両親の状況を把握している必要性を痛感しました。

4.携帯充電は余裕をもって
今回のように多方面に連絡必要する際、携帯は命綱になります。私はバッテリーが30%を切っていたのに気づき、夫にポータブルの充電器をもってきてもらい事なきを得ましたが、途中でバッテリーが切れたらどうしよう、、、という不安でいっぱいでした。

病院到着後については続編に書きます。
救急車が到着したら、まるでグレイズアナトミーの世界でした。医者って本当にすごい!!と心から思いました。そして感謝でいっぱいです。

| 両親 | 2019-11-24 | comments:0 | TOP↑

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義父が施設に入所しました

大学は夏休みに入ったものの、お盆だったり、旅行に出かけていたりですっかりブログ更新が滞っていました。

お盆に夫の実家へ行った際に、4世代同居している兄嫁から義父91歳が夏に入って急に認知症が進んだようだと報告を受けてびっくり。もう自宅で見るには限界にきている様子に辛くなりました。

夫の兄、姉と話し合い施設にお願いすることに。

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| 両親 | 2019-08-28 | comments:2 | TOP↑

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