息子が小学校2年、娘が保育園の年中さんだった時のことです。
まず、7月に10日ほどドイツの大学を訪問する機会がありました。
先方からぜひご主人も一緒にと言われ、夫も快く同行を了承してくれました。

そのドイツの大学と私の日本語スクールは提携関係にあり、
大学の1、2年で文法の基礎を学んだ学生を夏1ヶ月、
私のスクールに送り込み、会話を勉強させたいというのが先方の意向でした。
私はさっそくうちのスクールにホームスティバンクを立ち上げました。
また、ホテルを希望する学生、単身マンションを希望する学生のための
アコモデーションのオプションも作り、地元ホテルやマンション関係者に交渉し
留学生の1ヶ月のための特別プログラムも作ってもらいました。
いよいよ体制が整い、
ドイツでは先方の先生に会い、派遣予定の学生達と面談するため
7月7日の七夕の夜、夫とともにドイツに向かいました。
それが可能だったのは、母が快く留守中の子ども達を預かってくれたからです。
10日間、母は私の家に来て寝泊りし、
子ども達の面倒を見、家の大掃除までしてくれていました。
また、留守中の出来事を日記にも書いておいてくれたので
帰国後も留守中の子ども達の様子や食べた物、言動などがとてもよくわかりました。
母はやはりかなり無理をしていたのでしょう。
また、私たちの飛行機は大韓航空だったのですが(ソウル経由)
帰国2日前に金日成が亡くなったため金浦空港で暴動が起きる
などという噂もあり、私たちが無事帰ってこられるか、
万一のことがあってこの子達が親のない子になったら・・・
と随分心配もしたようです。
帰国してすぐの私たちは不在だった10日間を埋めるべく、
家族で海へ出かけたり、娘の保育園の夏祭りに行ったりしました。
今、↓の画像を見ると、よくもこんな小さな2人を置いていけたものだと思います。

私たちが帰国してから3日後、母は倒れ入院しました。
しかし・・・私には知らせてきませんでした。
入院から数日後にそれが発覚したときには、
水くさい!!!なんで知らせなかったのよ〜〜〜
と、随分、母を父を責めたりもした私ですが・・・
おそらく両親は、私が知ると、
自分のせいで母が倒れたと思うに決まっているからと
バレるまではと内緒にしておいたのでしょう。
入院は1ヶ月ぐらいに及びました。
その夏のお盆、8月15日・・・
娘の保育園からは、「15日だけはお休みするから預かれない」と言われました。
本当はお盆前後もなるべくなら休ませて欲しいという空気が漂っていました。
300人も通っている大きな保育園でしたが、
さすがにお盆の週に入ると、だいたいの園児は休み、
クラスも合体され、全部で20人、10人、5人、3人・・・・となり、
娘は知らない子、知らない先生に見てもらっていたようです。
でも、私はそのドイツからの留学生の大事な授業がありましたし、
夫もその頃は仕事が忙しく、お盆も会議、会議でした。
娘には何とか我慢して保育園に行ってもらっていたものの
さすがに園から「8月15日は園を閉めますから」と言われたら
何とかしなければなりません。
私も夫も仕事が休めない。
母は入院中。父も仕事がある。
近所のママ友たちも皆、お盆で帰省している。
2年生の息子と保育園児の娘2人だけで留守番させるのは心配。
結局、その8月15日をどうしたか・・・
それは・・・
母が病院から外出許可をもらって実家で二人を見てると言ってくれたのです。
今、こうして書いていてもちょっと涙ぐんでしまいます。
入院から3週間ぐらいたっていて退院を1週間後に控えていたので
もう重病人ではなかったのですがそれでも入院中の身です。
でも・・・他に手はなかったのです。。
結局、母に甘えました。
朝、たくさんのお菓子とアニメの新作ビデオ、新しいおもちゃを
カバンにつめ、子ども達2人を車に乗せ、母の病院へ向かいました。
無事、母の外出を認めてもらい、今度は実家へ。
私の授業は3時間でしたので、
なんとか3時間だけ見てもらえれば・・・
ふだんはめったに与えない新しいおもちゃ、新作ビデオを持参したのは
母の手をできるだけ煩わせずにすむようにというせめてもの私の配慮でした。
子ども達にもばあちゃんになるべく迷惑かけないようにと言ってきかせたものの
さすがにスクールに向かうときは後ろ髪引かれる思いでした。
新人の先生に授業を代わってもらうことも考えましたが、
やはり大事な仕事、私が受けた仕事なので責任があります。
また、そのドイツの大学と提携できたのには、
私のドイツ人の友人の尽力によるものだったので
彼女に対する責任もあります。
無事、授業を終え、実家に飛んで行き、母を病院へ送り、
その日を無事過ごすことができました。
アダルトチルドレンだとか、母との葛藤だとかさんざん言ってきた私でしたが、
最近、少しずつ穏かな気持ちで母と接することができています。
そしてそういう気持ちでいると、これまで母にしてもらったこと、母の恩を
たくさんたくさん感じます。
これまで、母が〜したから私は辛かったとかなんとかマイナスの記憶が多かったのが
今は、してもらってありがたかったことプラスの記憶がどんどん思い出されています。
私がいま大好きな仕事をこうして続けていられるのは
母のおかげだとつくづく思います。
ありがたいなあと思います。
入院を隠そうとしてくれていたことも
今なら素直にその気持ちを受け取れます。
母が元気なうちにこんな気持ちになれてよかったと思います。