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今日を楽しく♪

今日も楽しくこつこつと英語学習しています!

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人間の回復力ってすごい!(約2週間で退院!)

入院した翌日のレントゲンではすでに肺が元の大きさに戻りつつあり、早ければ翌日にでも肺の管(カテーテル)が抜けると言われ、一同安心。

ところが、その翌日になって、私の携帯に主治医から電話が。。。

「一度膨らみだしていた肺が、今日になってまた縮んできたので、今から緊急処置を行いますがいいですか?」とのこと。。

本人にも説明したが、家族にもということでの電話。処置をお願いし、15時には主治医から経緯の説明があるということで、父、弟、娘、私の4人で病院に出向く。

肺に空気を送り込んでいた管に血の塊がついてブロックしていたため、その管を抜き、新しい太い管をいれたとのことだった。迅速な処置に感謝!

肺への管は、長くても1週間まででそれ以上になると管から感染症のリスクがあるということで、改善が見られたら、一度管をクリップでとめて管を抜いてもいいことを確かめた上で抜くことになると。

処置は痛みもともったため、母へベッドでぐったりしていた。しかし、無事に終わったことでほっとしたのか、少しずつ会話もできるようになり、ベッドサイドにいた父に、私と弟を見ながら、

「じいちゃん、この子たちを産んで本当によかったね~」と言い、

父が、うんうんとばかりにうなずいていた。

その処置が功を奏し、無事その数日後には管も抜け、肺の機能も戻ったようで、母も肋骨の折れてる痛みはあるものの、順調に回復していきました。

途中、もともとの転倒の原因になっためまいの原因をさぐるべく頭部CTも取りましたが、結果を聞いた母から弾んだ声で電話が、

「海馬もきれいで、まったく問題ないんだって~とても83歳の脳とは思えないほどきれいなんだって~。いったい、どういうお仕事をされてたんですか~とまで聞かれたわ」と。

それまでは、あまりの痛みと、私たちに迷惑をかけるのがつらいからと、安楽死したほうが楽だとか、このまま施設に入れてほしいとまで言っていた母が、脳の結果を聞いてからは、

「皆さんがここまでよくしてくれるんだから、私もがんばらないと!」と、みるみる元気に。

言葉の持つ力ってすごい。

どうも、本人は勝手に脳腫瘍だと思い込んでいたらしい。。

大学病院ということで、入院中には、持病の糖尿病の先生にも診て頂き、家族にもきちんと説明してくださり、なくなりかけていた目薬は眼科で処方して頂いたり、リハビリの先生が熱心に進めてくださったり、本当にありがたかった。

最初は4人部屋だったが、個室が空いたタイミングで移ったため、大きな窓からは外の景色も見え、家族がお見舞いに行っても、周りを気にせずに話し、ゆっくり滞在できるようになったことも、母は精神的にずいぶんと楽になったと思う。

東京にいる息子からは、「おれは何もできなくてごめんね」と言いながらも、子供たち(母にとってはひ孫)の動画、

「おおばぁば、がんばれ~~~」を送ってくれていたので、それを大画面にして何度も母に見せた。母も、「ありがとね。おおばあちゃん、がんばるよ~」と嬉しそうで、こうして、みんなが母の回復を応援しているということが感じられたこともよかったと思う。

順調に回復するにともなって、「退院」の話がでるようになってきた。

そうなると、退院後の生活、実家での受け入れ態勢、準備を進めないといけない。何しろ、まだ肋骨は4,5本折れたままなのだから。

弟が中心になって、家の中の改修関係を。

・段差の解消
・お風呂の椅子の購入
・買い物(父にネット注文を教える)
・照明をLEDに交換し、リモコンで手元操作
・洗濯物を室内干しにするための工夫
・食卓の椅子を安全な回転椅子に

私は地域包括センターに行ったり、電話で今後の生活サポートについてケアマネージャーさんと相談

・両親が受けられるサービス内容
・父にあう運動中心のデイサービスの紹介
・食事の宅配サービスについて
・ヘルパーさんのサービス内容について
・介護度見直しの申請をすべきかどうか
・(将来的に)高齢者施設について
(その後)
・トイレとお風呂の掃除をヘルパーさんに依頼

これらについては、また次の記事でまとめます。

母は緊急入院から13日後、無事に退院することができました。

入院した日から1週間は弟が会社を休み(PCと会社携帯があればどこでも仕事は可能と言って)実家に父といてくれて、途中からは弟のお嫁さんが車で来てくれて、彼女の明かる人柄でみんなにが元気になったことも大きかった。

一時は父が憔悴しきっていたため、先週の土曜は娘一家も含め全員が実家に集結し、父を元気づけるために食事会をしたことで、父もかなり元気になりました。

母の退院にともない、一番気になっていたベッドも、病院が電動ベッドを手配してくれて、とってもリーズナブルな価格で貸して頂けることになり一同、ほっとしました。

これまで無知でしたが、今の世の中は、いろいろなサービスが受けられる仕組みができているようです。私たちは介護保険を毎月払っているわけですが、こういう風にいろいろ利用させて頂けるのなら、高齢社会にとっては必要なことなんだと改めて思いました。

次は母を受け入れるための実家改造について書きます。

| 両親 | 2019-12-07 | comments:0 | TOP↑

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肋骨が折れて肺に刺さり、肺に穴が、、、

救急車で大学病院につき、母はすぐにER(?)に。
私はもろもろの事務的手続きを。

その前に、担当の方から、「今日は朝からインフルエンザで救急外来に来られる患者さんが多いので、マスクされたほうがいいですよ」と言われ、マスクの自動販売機を教えてもらい、購入。

ドクターからは、エコーとレントゲンは取って、肋骨が何本かおれてるのはわかったが、詳しいことは、造影剤を入れて、CTを取ってみないとわからないと。

ただ、飲んでる薬によっては、造影剤を使えない場合もあるので、まずはお薬手帳が見つかってもってきてもらうまで、検査はせずに待機すると。

母は緊急処置のおかげで、多少会話ができるようになったので、お薬手帳の場所を聞き、実家にいる父と夫に電話で、お薬手帳探しを命じ、ようやく発見!

それをもって病院に来るには20分ぐらいかかる。
ドクターは、それぐらいの時間でしたら待ちますと。

そこで、私はひらめいた!!
夫に、お薬手帳の最新ページから遡って5ページぐらい分の写真を撮って、LINEで送ってと。

そのころには娘も実家に到着していたので、娘がささってやってくれて、私の携帯に送信。

私は、ERのドアをノックし、出てきたドクターに、そのお薬手帳の画像を見せた。ドクターは、私のこの機転に、「そっか、こういう手があったか!!!」と言わんばかりの感心した面持ちでLINE画像を見て、これなら造影剤は使えると。(血液検査での腎臓の数値にも問題がなかったのもあり)

母の検査が終わるころには、父と夫も病院に到着。
娘には実家で待機してもらい、入院の準備を整えてもらうことにした。(小さい子供もいるので、下手に病院にきて、インフルなどに感染してもいけないと思ったため)

一方、京都にいる弟は、こちらに駆け付けるべく、駅に向かうと。さらには、家族8名のグループラインを作り、情報を共有することもしてくれた。

検査の結果、肋骨が4,5本折れて、そのうちの1本が肺に刺さり、肺に穴があいてしまっていると。そのため、肺の空気が抜けて、肺がしぼんでしまっていて、中には血がたまっていると。

休日の夜とういことで、どうなるのかと思ったら、すぐにこれから緊急のカテーテル処置を行います!と。オンコールでスペシャリストの先生たちがすでに集結していた。

ここからは、ER担当ドクターから、呼吸器のドクターにバトンタッチされ、スペシャリスト3人でチームを組んで治療にあたると丁寧な説明を受けた。

私の携帯バッテリーも、夫がもってきてくれたポータブルバッテリーで充電ができ、まずはほっとした。

緊急カテーテル処置がうまくいかなかった場合は、急遽開胸手術が行われる可能性もあるとの説明も受けていたので、すでに電車に乗ってる弟にもLINEで随時連絡。

私は説明をうけるたびに大量の同意書にサインをし、医者の説明を父にかみくだいて説明。

無事、カテーテル処置は終わり、しばらく様子を見た後は病棟に移動することになった。もう時間は20時を回っていて、15時に母が転倒してから、飲まず食わずでいた父のために、飲み物などを買ってくる。ここで初めて父の憔悴しきった表情に気づく。。

病棟に移り、ひととおりの説明を受け、弟も21時頃、病院に到着。ここで、こんどは輸血に関する説明を受ける。万一、緊急オペになり、輸血が必要になったときに、そこから家族の同意を受けていると間に合わなくなるおそれがあるので、事前にとのこと。

1つ1つが本当に迅速で丁寧で、その対応に頭が下がる思い。

他の病院では80歳をすぎた高齢者である母に対し、失礼な対応をされたこともあるだけに、この病院の、1人1人の患者を尊重し、敬意をもって接してくれる姿勢にありがたくて涙がでそうになった。

看護師さんたちも、私たちに「突然のことで驚かれたでしょう。大変でしたね」と気遣ってくれ、本当にすばらしいスタッフに見ていただき、ありがたいという思いを家族みんなで感じていた。

母は痛みで苦しんでいたが、それでも呼吸も少しは楽になり、落ち着きを見せたので、病院をあとにすることにした。以上が初日の様子。

当初は、肺のほかに、肝臓や腎臓も折れた肋骨で損傷のおそれありと言われていたけど、他の臓器は大丈夫ということで、その点では安心した。

ただ、夜中に急変や緊急オペの可能性もあるので、第一連絡者の私は携帯を枕元に置いて連絡がとれるようにともいわれていたので、その日は眠りについたもののどこか緊張感はずっと残っていた。

| 両親 | 2019-12-06 | comments:0 | TOP↑

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母が転倒し救急車を呼ぶ

夫と紅葉を見に郊外までドライブ、

写真 2019-11-23 12 17 39

ランチも食べ、遊歩道も歩き、秋の休日を満喫して帰路についていた時、父から電話。

母が庭のテラスで洗濯物を取り込もうとした際に、急にめまいがして転倒、、そのときにコンクリート壁に激突し胸を打ち、動けなくなったと。なんとか家の中に入れたが激痛が、、、

どうしようと。

ともかく母の様子を見ないと判断できないので、まずは夫と実家へかけつけました。実家への道すがら、ホテル勤務の娘に電話。お客さん対応で救急病院などの情報を教えてもらおうと思ってのことです。

ちょうどダンナさんの実家にいた娘に状況を話すと、お姑さんが、「すぐに救急車を呼んだほうがいい」と。

救急車?
思いもしませんでした。
正直、何を大げさな、、とも思いました(('◇')ゞ

ともかく母の様子を見てからと思い実家に入ってみると、リビングで母が横たわり、激痛で顔面真っ青。。

これは、やはり救急車だ!
だいいち、普通の車に乗せることもできない。。。

母、父、夫にも、「救急車を呼ぶけど、いいね?」と確認し、人生初の119番へ電話。

「はい。消防ですか?救急ですか?」
「救急です」

そこから、状況、名前、年齢、住所を言うと、

「サイレンが聞こえたら前に出て誘導してください」と指示されました。電話を切ってから、家族から「(ご近所の手前?)サイレンは鳴らさないように頼めばよかった・・」と言われましたが、そんなこと、言ってられません。

ほんの数分で救急車、到着。
早い!

救急隊の判断では、肋骨が数本折れ、内臓に損傷があるのでは?と。大きい病院に搬送する必要があると。

最初に言われた病院は地元では有名な公立病院ですが、自宅からはかなり離れています。しかし、そんなこと言ってられません。

ただ、念のため、私が、「大学病院は?」と聞くと、「大学病院に搬送するのは、生きるか死ぬかのの場合のみです」と。ということは、少なくとも母は命の危険はないのか?

保険証とお薬手帳(←これが非常に大事!!)を準備するように言われていましたが、父も私たちも所在がわかりません。母に聞くも、意識がもうろうとしています。

とにかく、その辺にあった母の持病の薬の現物をもって、私が救急車に同乗。夫と父は保険証、お薬手帳、当座の入院準備をしてあとで病院にくることになりました。(さらには娘も実家にかけつけてくれて入院の準備を整えてくれました)

救急車の中では、受け入れ病院への依頼がまず行われました。

まず、最初に名前の挙がった公立病院に依頼をかけましたが、母の症状から必要だと思われる科の担当医が不在で受け入れられないとのこと。

そうなると、対応可能だと思われるのはA大学病院とB大学病院しかないとのことでした。

A大付属病院は私が勤務する大学でもあり、B大学病院付属病院は自宅から1時間以上はかかるため、祈るような気持ちで救急隊の電話での会話を聞いていました。

「了解です。では、向かいます」と言って電話が切られました。
A大学病院が受け入れてくれたのです!!

これが本当に幸運だったと後になって感じることが多々ありました。

受け入れ先が決まって救急車が出発。夫、父、そして京都に住む弟に連絡。ここで、私は自分の携帯バッテリーがすでに30%を切ってることに愕然としました。。。

ここまでのまとめとして、緊急時に大事なことを備忘録的にまとめます。

1.動けない状況の時に無理には動かさず救急車を即呼ぶ!
私たちは救急車というのはもっと特別な場合だと思い当初は躊躇しました。母が転倒してから救急車をコールするまでの時間が45分。しかし、救急隊のかたには、こういう場合はすぐに呼べばいいと言われました。とても優しい方で、「痛いのにがまんしてたの?つらかったね。すぐ呼んでくれてよかったんだよ」と母に話しかけていました。

また、今回のような場合は、下手に動かすと、別の骨が折れたりの可能性もあるようです。娘のお義母さんは家族がベッドから転落した際に自分たちで病院に搬送する際に新たな骨折が起こった経験があり、それがあって救急車を呼ぶことを助言してくれていたのです。

2.保険証とお薬手帳の所在をあきらかにしておく
保険証はその日なくても、〇日までに持ってきてくださいでまずはすむのですが、お薬手帳がないと、現在服用してる薬がわからず、たとえば造影剤を使ってCTをとりたくても、造影剤が使えるかどうかの判断ができず、迅速な検査ができません。

3.母の健康状況の把握
アレルギーがあるかどうかなど、いろいろ質問されましたが、即答できない質問もあり、普段から両親の状況を把握している必要性を痛感しました。

4.携帯充電は余裕をもって
今回のように多方面に連絡必要する際、携帯は命綱になります。私はバッテリーが30%を切っていたのに気づき、夫にポータブルの充電器をもってきてもらい事なきを得ましたが、途中でバッテリーが切れたらどうしよう、、、という不安でいっぱいでした。

病院到着後については続編に書きます。
救急車が到着したら、まるでグレイズアナトミーの世界でした。医者って本当にすごい!!と心から思いました。そして感謝でいっぱいです。

| 両親 | 2019-11-24 | comments:0 | TOP↑

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The bone collector読了(涙)←いろんな意味で

今年10冊目となるThe bone collector読了しました。



読了とは言っても、私には難しく、途中で何度も何度もなげだしそうになりました。一緒に読んでる、ブックバディーの、ありーゆやさんの存在なしでは読了することはできなかったと思います。

昨日、読了直後にスタプラに書いたTLです。↓

   *****
なんとかなんとか最後まで到達しました。ひとえにありーちゃんのおかげです。一人だったら最初の数章読んだところで絶対に挫折していました。これまで多読に親しんできて、「読める本」→「読みたい本」に移行し、キング本もクリアし、もはや自由自在に多読の世界を楽しめると思っていましたが、この本で、そんな私のおごった考えが、ちょっとだけ高くなっていた鼻がへし折られました。本当にわからなかった。難しかった。

何度もなんでも折れそうになりました。でも、ありーちゃんに解説してもらいながら、なんとかなんとかついていって、ついに400ページ越えのこの本を、最後には楽しめるまでになっていました!!

ただ、読了しても、まだすっきりしない箇所があります。大きく3つの疑問があります。いかに私が読めていないかということです。このシリーズはまだ数冊あるようですが、これからも多読を続け、力をつけてシリーズに戻ってきたときには、「あれ?普通に読めるんだけど」と思えるようになって帰ってきたいと思いました。


   *****


この本読みながら、何度も何度も、

悔しい、、、
読めない、、、
わからない、、、
情けない、、、

という思いを経験しました。
多読歴も少しずつ長くなり、語数も850万語を超え、いっぱしのタドキストになってるつもりでした。

大阪の主婦さんとかも、以前から読んでて、ディーバー先生とか言ってこのシリーズ堪能してたし、私もいつか読みたいな~と前々から思っていて、そろそろ時期かな?と読み始めましたが、いや~~~難しかった。

そして、改めてこういう本をシリーズで楽しめてる主婦さん達の英語力の高さにも脱帽しました。

私はまだまだ、ひよっこです。笑

でも、還暦を超えても、こういう「悔しい」という気持ちがあふれてくること、そういう世界があることは幸せなことだと思います。

今年は6年前に挫折した、The Kite Runnerに再トライして、あれ???読める!!!と過去の自分と現在の自分の成長を感じました。TOEICのスコアや英検の合否などとは違った、自分で自分の伸びを感じることができる1つの物差しだと思いました。

これからも多読を楽しみつつ、数年後にこのシリーズに戻ったときに、また、自分の成長が感じられればいいなあと思います。

で、次は軽めのものを読みます。笑



そして、その次はまた重め、感動系のものに行きます。

多読ライフ、楽しいです♪

☆追記☆
ブログ記事がおいついていませんが、今年8冊目に読んだ写真花嫁(写真だけを見て妻になるためアメリカに渡った日本人妻たちの話)のこの本もとってもよかったし、↓



9冊目のClock Danceはアメリカ人の何気ない日常を描きながらも、そこにいろんな思いが凝縮されていてとっても楽しめる一冊でした。特に私年代の女性におすすめです。


| 多読 | 2019-11-06 | comments:2 | TOP↑

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何歳まで働くか?(還暦に思う)

還暦を迎えるにあたって、考えてることがありました。

それは、いつまで働くか?ということ。
私は2つの大学で講師をしていますが、それぞれ定年は、

A大(国立大) 70歳
B大(私立大) 65歳

なので、まだ少なくとも5年は働くことができます。
しかし、それだけに、「区切り」「引き際」は自分で決めないとと思ってきました。

私が20代、30代のころに、60歳というと、もう完全におばあさんのイメージだった。若手同僚たちはいつも仲間として接してくれているが、実際のところはどう思っているんだろう?

学生たち(留学生)にとっても、やっぱり若い先生のほうがいいよね。。

A大に採用されて、今年で丸20年になる。
年齢的にも60歳。
ちょうどいい区切りになるのではないだろうか?

A大に採用された1999年当時は、チームティーチング(月曜から金曜まで5人の先生で1つのクラスを担当している)を組む教師間の引継ぎは、電話連絡だった。

月曜の先生が授業を終えると、火曜の先生に電話で内容を報告し、引き継ぐのだ。

それが、いつのころかメールでの連絡になり、やがて、大学内のシステム入力に変わった。

登録、アンケート、成績入力、シラバス入力、ファイルの共有などなど、ITの進化とともに、教務面でもIT化が進み、覚えなければいけないことがどんどん増え、今でも学期ごとに、変化し続けてきている。

ここまでは、なんとかついてこれた。
が、そろそろ限界に近いんじゃないだろうか?

夏休みは、快適で授業準備やテスト(クイズ)などの採点や膨大なメール等でのやりとりに追われることなく、のんびりと自分の時間を楽しむことができた。

それだけに、そろそろいいんじゃないかな?
今年度いっぱい勤め上げて、来年からは自由を謳歌しようかなど考えてもいた。

そんなとき、30代前半の仲良し同僚からランチに誘われた。
おいしい食事をしながら、私が考えてることを言うと、

「何をバカなことを言ってるんですかっ!!」と一括された。笑

そして、お誕生日だからと場所を移動したおしゃれカフェでケーキとコーヒーをごちそうしてくれた。さらに、なんと還暦カラーの赤のプレゼントまで用意してくれていて、ケーキがきたタイミングで渡してくれた。

箱をあけてみると、

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真っ赤なパーカーのペン!!
何がいいかとずっと考えてくれていたそう。
彼女の心遣いが嬉しかった。

そして迎えたお誕生日当日。
家族が夜景の見える和食の私の一番好きなお店でお祝いの会を開いてくれた。

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花束のプレゼントの後、
夫からはSEIKOの、そしてなんと娘からも腕時計をプレゼントされた!

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娘はまさか父親が私に腕時計を買ってるとは知らず、腕時計がかぶったことに内心ショックを受けていたらしいが、娘の選んでくれたものは、赤いベルトで文字盤が大きくて見やすく、夫からのものとはまたタイプが違うので私はとても嬉しかった。

息子からは、「かぶるなんて、コミュニケーション不足だろう~笑」と言われていたが、

私は夫も娘も、「これからの人生、いい時を刻んでほしい」という願いがこめられてるいうような気がしてとても、ありがたかった。

娘からは、私の似顔絵プレートもプレゼントされた。娘が手書きした絵とメッセージを、娘のダンナさんがパソコンに取り込み加工、編集、印刷してくれた世界でたったひとつのプレゼント。これには、泣きそうになった。

そのプレート内の娘からのメッセージは、

ゆめを追いかけて
いっしょうけんめい
努力する母さんを
尊敬しています

これからも
母さんらしく
いろんなことに
挑戦してね!

いつもありがとう!


と記されていた(涙)

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息子夫婦からは、Dantonのバッグ。
9月に私が上京したときに、一緒に買い物に行き選んでくれたものだ。

旅行にも使え、Dantonのロゴが赤で、還暦カラーだからと。

仕事をもう辞めようか。
引き際か。

そう考えていた私にとって、この還暦イベントでは、家族や同僚、友人たちの存在に改めて感謝し、今後の自分について考えるいい機会になったような気がする。

こうして無事60代になり、
まずはB大学、そしてA大学でも新学期が始まった!

新学期というのは、留学生たちとの新しい出会いの日。
それぞれの初日の日、私はいつものプチ高揚感を感じ、朝からわくわくしていた。

このわくわく感がある限り、仕事は続けようと思った。

そう思いながら、大学に向かい、教室に向かうと、そこには、

フィンランド、アメリカ、インドネシア、中国、スリランカ、ロシア、イタリア、タイ、ベトナム、スロバキアなどいろんな国からの留学生たちが座っていて、みんなが一斉に私を見た。

胸がいっぱいになった。

まだ、私はやれる!
やりたい!

うん、あとは5年は続けよう!笑

| 日本語講師 | 2019-10-02 | comments:4 | TOP↑

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自分への還暦祝いにiPad mini購入♪

無事60代に突入したぴあのです。
還暦となったお誕生日当日は、娘と夫が何度も打ち合わせてプランを練ってくれたおかげで、いつまでも心に残る特別な日になりました。

そのお祝いの会の話はまた別の機会にするとして、長年ずっとほしかったiPad miniをついについに、自分への誕生日プレゼントとして購入しました。



本当は英検1級に合格したときに、自分へのご褒美として買うつもりだったのですが、当時1歳3か月の孫を1か月うちで預かったりしているうちに買いそびれてしまっていたのです。

シルバー、グレー、ゴールドの3色ありましたが、色はシルバーに。セルラータイプとも迷いましたが、本体が15,000円UPになるので、wifiのみのタイプに。

Amazon祭り開始当日がちょうど誕生日だったので注文!翌日午前にはもう配達されました!

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わくわく、わくわく。
アップル製品って、なんか美しいですよね。

iPhoneを最新のiOSにアップデートしておいたので、近くにおいて「クイックスタート」にすると、iPadに簡単に同期できました!

さて、次は付属品の購入です。
フィルムはレビューのよかった、こちらに。



とっても良心的なお店のようで、

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| ツール | 2019-09-29 | comments:0 | TOP↑

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50代最後の日

明日、いよいよ還暦を迎えます。
自分の年齢をことさら言うのに抵抗を感じる人も多いとは思いますが、私は自分が60歳になれることが純粋に嬉しい。

というのも、

約6年前にがんの告知を受け、それもステージ3でかなり進行していることもあって、自分の人生がいつ終わっても不思議ではないという覚悟のもとに、生きてきたから。

それが、今こうして元気に、本当に心身ともに元気で日々暮らせ、その自然な延長線上として60歳という節目を迎えられることが純粋に嬉しい。

私にとってこの10年、50代ってどんな年月だったのだろう?と思い、まずは、10年前のこの日の日記をブログで探してみた。(便利!)あった、あった!

40代最後の日

50代スタート!

さて、復習が終わったところで改めてこの10年を振り返ってみる。

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| 近況・日常生活 | 2019-09-19 | comments:4 | TOP↑

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夏の旅行 八方池トレッキング編

週間天気予報では雨予報の週末でしたが、ラッキーなことにこの日はまずまずのお天気に恵まれました。

毎年GWに訪れる白馬ですが、夏に来るのは6年ぶりです。今回は標高2060メートルにある八方池までトレッキングするプランでした。

リフト&ゴンドラを3台乗り継いで、まずは八方池駅まで行きます。
そこからは、上級者向きの①尾根コース(景色が素晴らしい)と初心者向けの②木道コースに分かれていて、もちろん私は②を選択!

画像の通り、「木道」はあっても結構急な坂があったり、木道がなく石ころだらけの道を上るところもありました。

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私は一応登山靴もはいていましたが、途中石と石の間に足先がはさまり、転倒。。。ぴえがすかさず持っていた傷ばんで手当てしてくれました。

捻挫とかはしてない感じだったのでそのまま歩き続けると、最初のケルンが見えてきました!!

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そして、歩き開始から1時間15分で八方池に到着です。

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朝食べたっきり空腹だったので、帰り、ゴンドラ駅の兎平の中にある軽井沢で行列のできるイタリアンのお店でランチを食べ(もちろんご褒美のビールも!)、この日のホテルに向かいました。

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まるでスイスのような高原リゾートホテルです。
お部屋はメゾネットタイプにしたので1階はリビングスペースで、2階に寝室がありました。

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窓をあけると高原の爽やかな風が。

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翌朝はホテル周辺の遊歩道を散策し、ホテルの裏に回ってみました。いい感じです♡

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このホテルには英国風のハーブ園があるので、チェックアウト後にはそこも散策し、帰路につきました。

6年ぶりにトレッキングして、大自然の中を歩く楽しさを再発見したので、もっともっといろんな山にも行ってみたくなりました。

| 国内旅 | 2019-09-03 | comments:2 | TOP↑

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2019夏の旅行 黒部峡谷・宇奈月編

今年の夏休みは海外には行かないことにして、国内旅を2つすることにしました。第一弾は夫との自然満喫旅(笑)

1日目は黒部峡谷をトロッコで欅平までいきます。

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トロッコは背もたれがないため、腰が痛かったけど、風が気持ちよく、途中こんなドイツのお城風の建物がありました。これ、発電所です。

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野生の猿がいたり、滝があったりで、終点の欅平までは1時間10分。そこで、富山名物のブラックラーメンを食べ、周りを散策しました。

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帰りは500円位アップして、窓&背もたれのある車両にしたので楽ちんでした~

この日のお宿は、宇奈月温泉の今年3月にフルリノベーションしたレビューの高いところにしました。

お部屋は川側にしたので、こんな風に部屋から黒部峡谷を走る赤いトロッコも見えました^^

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ロビーの一角には、こういうくつろげるコーナーもあり、コーヒーも飲めます。

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自由に弾けるピアノも一台あって、お客さんたちが次々、演奏していました。

食事は朝も夜もバイキングでしたが、スタッフのほとんどが外国人で、ネパールや中国、アフリカからの人もいました。

バイキングはお刺身、お寿司などをはじめとした新鮮な海の幸が多く、翌日の朝は、こんなおにぎりバイキングも!私はイクラのおにぎり食べました。

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大満足で宿を後にして、2日目の白馬へと向かいました。

| 国内旅 | 2019-09-03 | comments:0 | TOP↑

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8月に読んだ洋書たち① Fool me once

kindle内に積読の洋書が増えてきて、ちょっとスピードアップしようかとブックバディーのありーちゃんと話、8月に入って2週間に1冊ペースで読んでいます。

まずは、久しぶりのハーラン・コーベンのミステリー



読書期間:2019年7月26日~8月11日
語数:87,725語
本の種類:kindle
難しさ:☆☆
おもしろさ:☆☆☆☆
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
総計:110冊 8,417,118語

ハーラン・コーベンのミステリーは2014年に読んだTell No One以来5年ぶりでしたが、相変わらず読みやすいです。

最初に事件が起きます。
主人公Mayaの夫が公園で銃に打たれて殺され、その3日後に埋葬されるシーンから始まります。犯人は誰か?と探っていくなかで、夫ジョーの家族の秘密(?)が次々と明らかになっていき目が離せなくなりました。

怪しいと思える人が次々と現れては、犯人の可能性が消えていく。誰だ???と推理しながら読むのがとても楽しかったです。

最後、もうひとひねり欲しい感じはあったけど、400ページ位の洋書を楽しみながら2週間で読了できたことに、ちょっと自分の成長を感じました。

このタイトルは何を意味するのかな?とちょっと調べてみました。

"Fool me once, shame on you,
fool me twice, shame on me"

ということわざ?がよくあるようで、意味的には、

「最初にだまされた時には、だますやつが悪い。
2度目だまされた時には、だまされるやつが悪い」

という感じらしいから、そのさわりをタイトルにして、ようはジョー(&家族など一味)とマヤたちの騙しあい的なことを表現したのかな?と思いました。

| 多読 | 2019-08-28 | comments:0 | TOP↑

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